一人っ子家庭の家族信託|専門家が解説するメリット・成年後見との違い

はじめに~一人っ子家庭における家族信託の重要性~

日本の少子高齢化が進む中、「一人っ子」のご家庭が増えています。一人っ子家庭では相続人が子ども一人のため、親の財産承継で兄弟間の争いが生じないというメリットがあります。しかし、その一方で一人っ子家庭ならではの課題も存在します。例えば、親御さんが高齢になり認知症を発症した場合、財産の管理や介護の負担は一人息子・一人娘である子どもが全て背負うことになります。また、いざ相続となった際に相談できる兄弟姉妹がいないため、相続手続きや遺品整理などを一人で対処しなければなりません。

こうした状況で注目されているのが「家族信託」という財産管理の手法です。家族信託を活用すれば、親が元気なうちから将来を見据えた財産の管理・承継の準備を行うことができます。一人っ子家庭では「自分が唯一の相続人だから特に対策は要らないのでは」と考えがちですが、実は一人っ子だからこそ早めの備えが重要です。本コラムでは、一人っ子家庭における家族信託の基本からメリット、成年後見制度との違い、具体的な活用事例、そして手続きの流れまで、専門家の視点で丁寧に解説します。

1. 家族信託とは?基本の仕組みと特徴

まず、「家族信託」とは何かを押さえておきましょう。家族信託(民事信託)とは、信頼できる自分の家族に財産の管理・運用を託す仕組みのことです。具体的には、財産を持っている人(委託者)が、信頼できる家族など(受託者)に財産を移し、その財産から生じる利益を受け取る人(受益者)を決めておける制度です。例えば、高齢の親が自分の資産を一人息子に信託し、息子が親に代わって資産を管理・運用し、その利益を親(受益者)に渡す、といった形が典型です。

家族信託は、委託者と受託者が「信託契約」を締結することによってスタートします。

家族信託の大きな特徴は、契約内容を柔軟に定められる点にあります。信託契約では、どの財産を信託の対象にするか、誰が管理するか、財産の利益を誰が受け取るか、さらには最終的に財産を誰に承継させるか(親が亡くなった後に財産を渡す先)まで、自由に定めることが可能です。また、信託契約は親がまだ判断能力のしっかりしているうちに結ぶため、将来認知症になった場合でも、受託者(子ども)が引き続き財産を管理できます。これにより、親の口座が凍結されて生活費が出せなくなったり、自宅などの不動産が処分できなくなったりする事態を防ぐことができます。つまり、親の財産の凍結を回避することができるのです。

さらに、家族信託は法律(信託法)に基づく正式な制度でありながら、家庭裁判所の関与なく家族間で完結できる点も特徴です。成年後見制度では、判断能力が低下してから家庭裁判所に後見人を選任してもらいますが、家族信託であればそうした手続きをせずに済みます。ただし、信託できる財産には制限があることにも注意が必要です。例えば、金銭や不動産は信託できますが、年金受給権など一部の財産は信託の対象とできません。

【参考コラム】

以上が家族信託の基本的な仕組みと特徴です。まとめると、家族信託は「契約で家族に財産管理を任せる仕組み」であり、親が元気なうちに備えることで将来の財産管理や相続を円滑に進められる有用な方法と言えます。

【家族信託の基本的な仕組み】

【参考コラム】


【参考動画】

2. 一人っ子家庭で家族信託を活用するメリット

一人っ子家庭が家族信託を利用することで得られる主なメリットを見ていきましょう。親の財産管理から将来の相続手続きまで、家族信託には様々な利点があります。

メリット1 親の財産凍結を防ぎ、認知症になっても管理できる

高齢の親がもし認知症などで判断能力を失うと、親名義の銀行口座は凍結され、子どもであっても自由に引き出しや解約ができなくなる。特に一人っ子の場合、他に代わりの管理者がいないため、生活費や介護費用の支払いにも支障が出てくる可能性があります。この財産凍結のリスクに備えられるのが家族信託です。親が元気なうちに家族信託の契約を結んでおけば、仮に親が認知症や病気などによって意識不明などになっても、子どもである受託者が信託された金銭や不動産を管理・処分し続けることができます​

例えば、親名義の自宅や預貯金を信託しておけば、受託者である子どもが売却や資金の引き出しを継続でき、介護費や医療費に充てることが可能になります​

家族信託によって親と子の間で財産の管理方法を事前に定めておくことで、「もしものとき」にも財産が凍結されずスムーズに管理できる安心感が生まれます​。実際、「親が認知症になったらどうしよう」という不安をきっかけに家族信託を始めるケースは一人っ子家庭で非常に多く、認知症対策としてとても有効な手段となっています。

メリット2 成年後見制度より柔軟に財産を管理・運用できる

親の判断能力が低下した場合の財産管理の制度としては成年後見制度もあります。しかし、家族信託は成年後見に比べて財産管理の自由度が高い点が大きなメリットです​。成年後見制度では、家庭裁判所が選んだ後見人が本人の財産を保護・管理しますが、その目的はあくまで本人保護のために“財産を減らさないこと”に重きが置かれます​

そのため、例えば、積極的な資産運用や生前贈与などは、原則として成年後見では行うことができないとされています。また、居住用の不動産を売却する場合には、家庭裁判所の許可を得なければなりません。

さらに、成年後見人には家庭裁判所への定期報告義務があり、司法書士や弁護士などの専門家が成年後見人となった場合には、専門家の報酬も発生します。

一方、家族信託では信託契約時に定めた信託目的と方法に従って、受託者が柔軟に財産を管理・処分できます。家庭裁判所の関与も一切ないため、家庭裁判所に対する報告や許可の手続きを気にせず、家族の判断で機動的に対応できるのです​。たとえば、親の資産を子どもが管理する中で「古い実家を売却し、介護施設の入居資金に充てたい」といった希望が出ても、家族信託なら契約内容に沿って実行しやすいです​。

この柔軟性は一人っ子家庭にとって大きな利点で、親子の状況に合わせた財産活用が可能になります。なお、成年後見制度との具体的な違いについては後述の比較表をご覧ください。

メリット3 相続手続きを円滑に進めることができる

「うちは相続人が自分一人だから遺産分割でもめる心配はない」と思われるかもしれません。確かに一人っ子家庭では、親の相続発生時に法定相続人が子一人だけのため、遺産分割協議が不要で相続手続自体はシンプルです​。しかし、家族信託を活用して親の生前から財産を一本化して管理しておくことで、相続手続きをさらにスムーズに進められるというメリットがあります​

信託財産は受託者名義で管理されており、信託契約で「親が亡くなったら信託を終了し、残った財産は子に帰属させる」などと定めておけば、煩雑な相続手続の手間を大きく省けます。家族信託では、実質的に「遺言書の機能」を持たせることもできるので、相続手続を円滑に進めることもできるのです。

さらに、家族信託では二次相続以降の承継先まで指定することも可能です。例えば、「自分(親)が亡くなった後は子(一人っ子)へ、その子が亡くなった後は孫(あるいは特定の第三者)へ財産を引き継ぐ」といった2段階の指定も信託契約によって行うことができます​。一人っ子の場合は基本的に孫世代への承継になりますが、もし「最終的に財産の一部を福祉団体に寄付したい」など特別な希望がある場合にも、信託を使えば柔軟に実現できます​

このように家族信託は相続対策にも有効で、生前から親子で話し合って決めておくことで将来の相続手続きをスムーズに進めることもできます。

メリット4 親亡き後対策(子が障がいを抱えている場合の対策)ができる

一人っ子のご家庭で、その子自身が障がいや病気で判断能力に不安があるケースでも、家族信託は有効な手段となります。

例えば、親にとって、自分たちが亡くなった後、障がいのある一人息子・一人娘が適切に生活していけるか心配…という状況が考えられます。この場合、親が元気なうちに家族信託を設定し、親亡き後に備えた財産管理の仕組みを作っておくことができます。信頼できる親族や第三者を受託者に指定し、親が存命中は親自身を受益者、親死亡後は子を第二受益者として財産管理を継続してもらう形です​。こうすれば、親亡き後も、子のための生活費や療養費を信託財産から受託者が給付することができ、子の生活を経済面で支え続けることが可能になります​。実際に、障がいのある一人っ子の将来保障に家族信託を活用した事例も増えています。

このように家族信託は、「親なき後問題」への備えとしても活用でき、一人っ子のご家庭に安心をもたらします。障がいのあるお子様をお持ちの場合は、遺言や成年後見制度だけでなく、家族信託も選択肢に入れることで、より確実な親亡き後対策プランを構築できるでしょう。

3. 注意点~後継受託者がいない場合のリスクと解決策~

家族信託を設計する上で、一人っ子のご家庭が特に注意すべきなのが「後継受託者」(=当初の受託者が何らかの理由で受託者としての任務ができなくなった場合に備えて設定しておく、予備の受託者)の不在です。受託者である子ども(一人っ子)が高齢の親の財産を管理する場合、将来的にその子自身に万一のこと(死亡や病気による判断能力の低下など)が起これば、受託者がいなくなり、家族信託を続けることができなくなるリスクがあります。信託契約時に誰も後継の受託者を定めていないと、このリスクが顕在化します。

3-1. 後継受託者不在のリスクとは

家族信託は信託財産を管理する受託者がいて初めて成り立つ制度です。そのため、受託者に何かあった場合に代わりを務める人がいないと、信託の運用が継続できなくなるリスクがあります​。具体的には、受託者が死亡したり職務不能になり、1年間後継者が見つからないと、信託契約自体が法律上強制終了してしまいます(信託法第163条のいわゆる「1年ルール」)。信託が途中で終了すると、信託財産は受益者に戻ることになりますが、もし受益者である親も既に判断能力を失っていると、その後の財産管理は結局行き詰まってしまいます。

一人っ子家庭では「子ども=受託者」が唯一の管理者なので、後継受託者が誰もいないケースは現実的に起こり得ます​。例えば、一人息子が受託者となって母親の財産を管理していたが、その息子が事故で急逝してしまった場合などです。このとき、信託契約で後任を決めていなければ信託は途中でストップし、残った財産は母親名義に戻ります。しかし母親は重度の認知症…となれば、結局家庭裁判所に法定後見の申立てをして後見人を選んでもらわねばならなくなります​。つまり、後継受託者を決めておかないと「信託でせっかく備えたのに結局後見になってしまう」という本末転倒な事態も起こり得るのです。

なお、後継受託者は必ず設定しなければならないわけではないので、上記のリスクを承知した上で、家族信託を進めることも可能です。

3-2.  対策1 後継受託者をあらかじめ選任しておく

このリスクへの第一の対策は、信託契約時に後継受託者をあらかじめ定めておくことです​。信託契約書には「当初の受託者〇〇が任務ができなくなったた場合、△△を後継受託者とする」といった条項を入れることができます。後継受託者には、子の配偶者、親戚などを指定することが考えられます。信託口口座を開設する金融機関によっては、「後継受託者を契約で定めること」が口座開設の条件となっている場合もあります。。それだけ銀行側も受託者不在リスクを重視しているということです。契約時に後継者を決めておけば、仮に子である受託者が途中で不在となっても、指定された後継受託者がスムーズに管理を引き継げます。

3-3.  対策2 信託会社などプロの受託者を活用する

身近に後継受託者の候補がいない場合のもう一つの解決策は、「商事信託」を利用する方法です。商事信託とは、営利を目的として、専門的な知識と経験を持つ受託者が信託の引き受けを行う信託形態を指します。主に信託銀行や信託会社など、信託業法に基づく免許を受けた金融機関が受託者となります。

商事信託のメリットは、法人として継続的・安定的に財産を管理してくれる点です。法人が受託者となりますので、“受託者の交代”による信託終了リスクを実質的に解消できます。ただし、信託銀行等に依頼する場合は手数料や管理報酬がかかります。家族が受託者になる場合と比べ費用負担は大きくなるため、信託財産の額や種類に見合うか検討が必要です。また、信託銀行等によって引き受ける条件(最低預け入れ資産額など)もありますので、利用を考える際は事前にしっかりリサーチをしましょう。

3-4.  対策3 任意後見制度との併用

どうしても後継受託者の候補が見当たらない場合、任意後見制度を利用する選択肢もあります​。家族信託ではなく後見を選ぶという意味ではなく、「家族信託+任意後見の併用」です。別途専門家を任意後見受任者とする任意後見契約を締結していくことで、万が一、子が受託者としての任務を遂行できなくなったとして、任意後見によって親の財産の管理を行うことができます。

また、信託監督人や受益者代理人の活用も検討しましょう​。信託監督人は受託者の職務をチェックする役割、受益者代理人は受益者(親)が判断能力を失った際に代わりに受益者の権利を行使する役割です。これらを置いておくと、万一受託者交代時にも信託が適切に引き継がれるよう監督・支援できます。一人っ子の信託設計では「受託者=子」が不在になるリスクヘッジとして、様々な制度を組み合わせておくことが重要です​

4. 家族信託と成年後見制度の比較

4-1. 比較表

項目 家族信託 (民事信託) 任意後見 法定後見
利用開始のタイミング 親が元気なうちに契約を締結(判断能力があるうちに設定が必要)​。認知症発症後は利用不可。 親が元気なうちに公正証書で契約締結(判断能力があるうちに準備)​。認知症発症後は契約締結不可(既に契約していれば発動可)。 親の判断能力喪失後に家庭裁判所へ申立てして開始​(事前準備なしでも利用可能だが、発症後はこれしか選べない)。
カバー範囲 財産管理に特化(不動産・預貯金など信託した財産の管理・処分)※身上監護機能なし​ 財産管理+身上監護(契約内容で範囲指定。財産管理のほか介護契約締結等も可能)​ 財産管理+身上監護(法律上、財産管理と療養看護全般の代理権を持つ)
初期費用

◆公証人費用
公正証書作成手数料として約2万円~10万円(信託財産の価額による)​。
◆登録免許税
不動産を信託する場合には、登録免許税(固定資産税評価額の0.3~0.4%)​

専門家報酬
 信託のコンサルティング・サポート報酬として数十万円~(信託財産の約1.0%が目安)​

<契約時>
◆公証人費用
公正証書作成手数料として約2万円~3万円
◆専門家報酬
約5万円~10万円

発効時>
◆任意後見監督人選任申立費用
家庭裁判所に支払う実費(収入印紙代など約1万円)​

※専門家に申立を依頼した場合には、別途専門家報酬として約10万円~15万円

◆成年申立時費用 
家庭裁判所に支払う実費(収入印紙代など約1万円)​

※専門家に申立を依頼した場合には、別途専門家報酬として約10万円~15万円

認知症発症時の手続き 手続き不要: 信託契約に基づき、子が受託者として信託財産を管理・処分できる。​

※財産凍結も起こらず、家庭裁判所の関与なし

家庭裁判所に対する申立: 任意後見監督人選任の申立てが必要​

。審判で監督人(通常は弁護士・司法書士)が選任され契約が発効すると、子(任意後見人)が財産管理を開始できる。発効まで一定の時間・手間がかかる。
家庭裁判所に対する申立: 成年後見の申立が必要、審判で成年後見人が選任されるまで、預金口座は基本的に凍結され出金不可​。選任後、後見人(子または専門職)が財産を管理します。
資産凍結リスク なし: 信託した財産は親の名義を離れているため、認知症になっても凍結されず子が引き続き管理・処分可
※ただし、信託財産以外は凍結リスクあり、
ほぼなし: 任意後見契約が発効すれば任意後見人が代理権を行使できるため口座凍結は避けられる​(発効手続き完了までの間は一時的に制約あり) : 認知症発症後は財産が凍結され、家庭裁判所で後見人が選任されるまで家族でも原則として処分不可​。後見人就任後にようやく預金を動かせる。
財産管理の柔軟性 高い: 信託契約で定めた目的の範囲内で、受託者(子)は財産の売却・運用など柔軟に判断可能。将来の投資や資産組換え等も契約内容によっては可能​。家庭裁判所の許可なく重要財産の処分もできる。 中程度: 契約内容の範囲で財産管理可能だが、家庭裁判所選任の監督人が常に関与。本人の利益に反する行為はできず、重要な財産処分時(e.g.居住用不動産の処分時)は事前に監督人の相談するのが実務上の運用 低い: 本人の財産を減らすような積極的運用は認められず、財産を保全するのがが原則​。居住用不動産の売却には家庭裁判所の許可が必須​。それ以外の重大な財産処分も慎重に判断され、場合によっては家庭裁判所や後見監督人の関与が求められる。
管理中の監督・報告 家庭裁判所の監督・報告なし。受託者である子が信託財産を管理し、年に1回受益者に財産管理の状況や収支を報告する。 家庭裁判所が必ず任意後見監督人(専門職)を選任​。任意後見人(子)は監督人の指示・チェックを受けながら財産管理し、定期的に財産目録や収支を報告する義務がある。 家庭裁判所の監督下で管理。後見人は就任時に財産目録を提出し、以降も定期的に収支報告書などを家庭裁判所に提出する義務がある。親族後見人の場合でも、不正防止のため裁判所が職権で後見監督人を付ける場合がある。
継続コスト (ランニング) ほぼ不要: 家族が受託者の場合、信託報酬は通常支払わないため、外部へのランニングコストは発生しない。
※信託契約によって受託者報酬を定めた場合を除く。
必要: 任意後見監督人への報酬が月額1~2万円程度発生​。任意後見人も専門職に依頼した場合はさらに月3~5万円程の報酬が加算され、合計月4~7万円程度になる​。子が任意後見人を務め無報酬でも、監督人報酬は必ず発生する。 必要: 専門職が後見人になるケースでは、後見人報酬として月2~6万円程度(年間24~72万円)の支払いが必要​。本人の流動資産に応じて家庭裁判所が報酬を決定する。

。親族後見人は無償で後見人を務めるケースが多い。後見監督人が選任された場合は、監督人の報酬として月1万円~2万円程度かかる。
親死亡時の資産承継 スムーズ: 信託契約で帰属権利者(財産を引き継ぐ人)を指定でき、親死亡後は信託財産が直接その帰属権利者(子)に承継されます。面倒な相続手続きが簡便に進められる。

※信託財産は遺産ではなく信託財産として処理。

通常の相続: 親の死亡で成年後見は終了し、以後は通常の相続手続きとなります。後見人は職務終了となり、財産は子が相続人として取得します。遺産分割協議は相続人が子一人であれば不要ですが、預貯金口座の解約・資産名義変更のために戸籍や裁判所の書類を提出する通常の手続きを経る必要があります。 通常の相続: 親の死亡で成年後見は終了し、以後は通常の相続手続きとなります。後見人は職務終了となり、財産は子が相続人として取得します。遺産分割協議は相続人が子一人であれば不要ですが、預貯金口座の解約・資産名義変更のために戸籍や裁判所の書類を提出する通常の手続きを経る必要があります。

 4-2. 一人っ子家庭での選択のポイント

  • 親が認知症になった場合に子が対応しやすいのはどれか?

    一人っ子家庭では、 家族信託 が最も財産管理の負担が少なく対応しやすい制度といえます。事前に信託を設定しておけば、親が認知症になっても預金口座が凍結されずに、子どもが資産を管理・運用・処分できるため​、介護費用の支払いなど迅速な対応が可能です。また、家庭裁判所の手続きや報告義務も発生しないため、日常的な手間もほとんどありません。

    一方、法定後見は発症後に裁判所での手続きが必要で、専門家が関与すると費用も高額になりがちです​。一人っ子が自ら後見人となる場合でも、定期報告や居住用不動産の許可申請など事務負担が大きくなります。任意後見は事前契約により子どもが後見人になれる点で成年後見より有利ですが、発効時に家庭裁判所の手続きを経る必要があり、任意後見監督人によるチェックも入るため完全に自由というわけではありません。それでも親が指定した子が後見人になれる安心感や、判断能力低下後も資産凍結を避けられる点で、法定後見よりは子にとって扱いやすい制度と言えます。

  • 法定後見と比べた家族信託・任意後見の優位性(または欠点)


    家族信託と任意後見はいずれも「親が元気なうちに準備できる」という点で、事前対策ができない法定後見より優れています。
    家族信託の優位性としては、財産管理の柔軟性と長期的なコストメリットが挙げられます。信託では子に広い裁量権を持たせることができるため、認知症後も必要に応じて不動産売却や資産運用の判断が迅速に行えます​(法定後見では将来不確実な投資や積極的運用はできず、資産活用が制限されます​)。また、家族信託は一度仕組みを作ればランニングコストが原則かからず​負担を抑えられるメリットもあります​。

    一方で、家族信託の欠点は、導入時費用が高めで契約内容の専門的検討が必要な点です​。信託財産に含めなかった資産については結局別途後見等が必要になる可能性もあり、信託設定には慎重な計画が求められます。

    任意後見の優位性は、親が後見人をあらかじめ指名できる安心感と、判断能力低下後もスムーズに財産管理を移行できる点です​。家族が後見人となることで法定後見のように見ず知らずの第三者が財産を管理する事態を避けられます。ただし、任意後見も家庭裁判所の関与・任意監督人の就任などの報酬負担が生じるため​、財産管理の自由度やコスト面では家族信託に劣ります。また、任意後見契約は本人死亡で終了してしまい、遺産分割や相続税対策といった「その後」のことまでは手当てできないというデメリットもあります。

    なお、成年後見制度(法定後見・任意後見共通)、は身上監護(介護や医療、施設入所の契約等)にも対応できる利点があるため(家族信託の受託者には身上監護の権限がない)、財産管理は家族信託、身上監護は任意後見契約といった併用も検討する余地はあります。もっとも、一人っ子のご家庭であれば、実際の介護や施設との契約手続きは子どもが事実上こなせるケースがほとんどです。したがって、あえて任意後見で身上監護機能を補完しなくても、子どもがいれば日常的な世話や医療対応は十分に対応できる場合が多く、大きな問題とならないことがほとんどです。

  • 親の死亡後の資産承継をスムーズにするのに適した制度は?


    将来、親が亡くなった後の資産承継まで見据えるなら 家族信託 が最も適しています
    信託契約時に親の死亡後の承継者(帰属権利者)を指定しておけば、相続発生時に遺産分割協議を行うことなく指定の受益者に財産を引き継ぐことができます​。一人っ子の場合、法定相続人は子一人で遺産分割でもめる心配はありませんが、家族信託を活用すれば銀行口座や不動産の名義変更手続きを迅速に行えるため、資産承継の実務がより円滑になります。例えば、信託口座の預金は信託契約に従い子が払い戻しを受けられ、葬儀費用や納税資金に充当するといった対応もスムーズです(成年後見人は被後見人死亡時に職務が終了するため、死亡後は預金引出しなど一切できなくなります)。任意後見契約も死亡と同時に終了し、遺産承継について効力を持たないため、死亡後の手続き簡略化という点では家族信託が優位です。

    なお、家族信託は遺言と異なり二次相続以降(例:子から孫)まで視野に入れた承継先の指定も可能(受益者連続型信託)ですが​、一人っ子家庭ではまず親から子への承継を確実かつ迅速に行う手段として有効でしょう。

まとめ
一人っ子家庭で親の将来に備える場合、親が十分に判断能力を有するうちに、家族信託 を利用して財産を託しておくことが、認知症発症後の財産管理の手間・コストを大幅に減らし​、かつ、親死亡後の資産承継までスムーズにできる有力な選択肢です​。法定後見は最終手段ではあるものの、負担や制約が大きいため​、一人っ子が親の財産を柔軟に守り引き継ぐには、できる限り事前の対策を講じ、法定後見に頼らなくて済むよう備えておくことが望ましいでしょう​

5. 事例紹介~家族信託を活用したケーススタディ~

ここでは、一人っ子家庭で家族信託を活用した具体的なケースを2つご紹介します。

ケース1 高齢の親が認知症に備えて一人娘と家族信託を締結した事例

Aさん(80代男性)は妻に先立たれ、一人娘Bさん(50代)がいます。Aさんは自宅と預貯金などの資産を持っていますが、最近物忘れが増え将来の認知症発症を心配するようになりました。Bさんも遠方で働いており、万一父親の判断能力が低下した場合に適切に財産管理と介護費用の準備などができるか不安を抱えていました。

そこで、Aさん親子は専門家に相談し、家族信託の契約を結ぶことにしました。契約内容は以下のようなものです。

  • 委託者(財産を託す人): Aさん(父親)。自宅不動産と預貯金の一部を信託財産としました。
  • 受託者(財産を管理する人): Bさん(娘)。信託契約に基づき、Aさんの代わりに信託した財産を管理・運用します。
  • 受益者(財産の利益を受ける人): Aさん(父親)本人。信託期間中、Aさんの生活費や介護費用は信託財産から賄われます。
  • 帰属権利者: Aさん死亡後はBさん(娘)を帰属権利者とする。つまり、父親が亡くなった後は娘が信託財産を承継します。

このように、家族信託を設定しておいたことで、数年後にAさんが認知症を発症し判断能力が低下した後も、Bさんは受託者として父親の財産を管理し、介護費用等に充てることができました。家族信託によって、施設入居費用や医療費を滞りなく支払うことができました。もし家族信託をしていなければ、この時点で娘のBさんが父親の口座からお金を引き出すことはできず、家庭裁判所に成年後見を申し立てる必要があったでしょう。家族信託のおかげで、成年後見の手続きを経ずに親の財産を一人娘がスムーズに管理できた事例です。

ケース2 障害のある一人息子の将来を守るため家族信託を活用した事例

Xさん夫婦(70代)は一人息子Yさん(40代)がいます。Yさんは先天的な障害があり、判断能力に不安があるため自分でお金の管理をすることが難しい状況です。夫婦は「自分たちが亡くなった後、この一人息子は誰が支えてくれるのだろう」と将来を案じていました。身内には遠方に甥が一人いるだけで、頼れる兄弟姉妹はいません。

そこで、Xさん夫婦は専門家のアドバイスのもと、生前に家族信託を組むことにしました。主な内容は以下のとおりです。

  • 委託者: Xさん夫婦(親)。自宅の売却代金や預金の一部など、将来息子の生活費に充てる財産を信託。
  • 受益者: 当初はXさん夫婦を受益者とし、夫婦の生活に信託財産を活用。夫婦双方が亡くなった時点で、一人息子Yさんを第二受益者とすることを信託契約で指定。
  • 受託者: 信頼できる甥Zさん(息子Yさんにとって従兄にあたる)を夫婦死亡後の受託者に指定。信託契約締結時点ではXさん(父親)が受託者として管理を継続し、Xさん死亡後は妻が引き継ぐ。そして両名亡き後に甥Zさんが受託者となる。
  • 信託の目的: Yさん(日常生活に支援が必要な息子)の生活費・医療費の確保。Zさん(受託者)は信託財産から定期的にYさんの生活費を支払い、必要な支出を管理する。

このスキームにより、Xさん夫婦が亡くなった後も甥Zさんが信託財産を用いてYさんの生活を経済的に支える体制が整いました。Yさん自身は財産管理の心配をすることなく、必要な支援を受けながら生活できます。また、信託契約ではYさんが亡くなった際に信託を終了し、残った財産があれば福祉団体へ寄付する旨も定めました(仮に信託を利用しなければ、Yさんに法定相続人がいないので、財産が国庫に帰属してしまう可能性がありました)。このケースでは、家族信託によって「親なき後」問題に備え、障害のある一人っ子の将来を安心できるものにした好例と言えます。

6. 家族信託の手続きと進め方:実践ガイド

実際に家族信託を利用する場合、どのような手順で進めればよいのでしょうか。ここでは、家族信託を開始するまでの一般的な流れをガイドします。

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1 専門家への相談と信託の計画立案
まずは家族信託に詳しい専門家(司法書士や弁護士等)に相談するします。。一人っ子家庭の事情や希望を伝え、家族信託が適切か、他の手法と比べてメリットがあるかといったアドバイスを受けます。信託を活用すると決めたら、どの財産を信託に組み入れるか、誰を受託者にするか、信託の目的(何のために資産を管理・承継するのか)を明確にします。例えば「親の生活保障」とか「障害のある子の将来サポート」といった目的です。
2. 信託内容の設計
次に、具体的な信託スキームを設計します。委託者・受託者・受益者を誰にするか、第二受益者(親亡き後の受益者)や予備的な受託者(万一受託者が辞任・死亡した場合に備える)も決めます。また、信託財産にどの資産を含めるか(自宅、不動産、預金、証券など)を洗い出し、それぞれについて信託後の管理方法を検討します。必要に応じて信託監督人(受託者の管理をチェックする第三者)や受益者代理人(受益者が判断できない場合に代わりに権利行使する人)を置くことも検討します。設計段階では、将来起こりうる状況を想定し、「もし受託者の子どもが自分も高齢になったらどうするか」「受託者が途中で交代する必要が出たらどうするか」といった点も話し合います。
3. 信託契約書案の作成・公正証書

信託の内容が固まったら、信託契約書を作成します。契約書には信託の目的、関係者(委託者・受託者・受益者)、信託財産の詳細、信託の期間や終了事由、第二受益者等の定め、受託者の権限と義務、信託報酬(あれば)などを明記します。専門家が契約書案を作成し、内容を家族で確認します。完成した契約書は公証役場で公正証書にするのが一般的です(任意ですが、公正証書化しておくと後々のトラブル防止につながります)。公証人の前で委託者・受託者が契約書に署名捺印し、正式に信託契約が成立します。なお、信託口口座を開設する金融機関によっては、信託契約書は必ず公正証書でなければならない場合があります。

4. 財産の名義変更・信託口口座の開設

信託契約締結後、実際に信託財産の名義を受託者に変更します。
不動産を信託した場合は、信託登記によって不動産の登記名義を受託者に変更する必要があります。金銭の場合は、銀行で信託口口座を開設し、信託契約書によって定めた信託金銭分の預金を信託口口座に移し替えます。証券やその他の資産も、それぞれ信託専用の名義や口座へ切り替える手続きを行います。こうした名義変更の作業をもって、形式的にも財産管理の権限が受託者に移行します。

5. 信託の運用開始と管理
名義変更が完了したら、受託者による信託財産の管理がスタートします。受託者(例:一人っ子の子ども)は信託契約の内容に従い、定められた目的のために財産を管理・処分します。例えば、親の生活費を毎月信託口口座から仕送りしたり、必要に応じて不動産を売却して介護費用に充てたりします。信託の運用中、受託者は帳簿などをつけておき、受益者に報告することになります。

【参考コラム】

    以上が家族信託の手続きの大まかな流れです。家族信託はオーダーメイドの契約であるため、それぞれのご家庭で細かな手順や必要な書類等が異なる場合があります。特に不動産登記や銀行手続きには専門的な知識が必要になるため、最初から専門家に依頼して進める方が安心です。しっかりと準備をしておけば、いざという時にスムーズに信託を活用することができるでしょう。

    7. よくある質問(Q&A)

    Q1          一人っ子なので遺産分割で揉める心配もありません。それでも家族信託を検討すべきでしょうか?
    A一人っ子の場合、確かに兄弟間の遺産争いは起きません。しかし認知症対策という観点では、やはり家族信託は有効です。親御さんが生前に判断能力を失った場合、一人っ子であっても財産を動かせなくなる点は他の家庭と同じです。家族信託を利用すれば、その期間の財産管理をスムーズに行えます。また、相続人が一人でも、金融機関での相続手続きや名義変更には時間がかかることがありますが、信託を活用していれば事前に受託者が管理しているため相続財産を速やかにを使える利点もあります。要するに、「揉めないから対策不要」ではなく、揉めないからこそ迅速に財産を引き継ぐ仕組みとして家族信託が役立つのです。
    Q2家族信託の設定にはどれくらいの費用や時間がかかりますか?
    Aケースにもよりますが、家族信託を設定するには最低でも1ヶ月~2ヶ月程度の準備期間と、契約書作成や登記などの費用がかかります。専門家に支払う報酬や公証役場の手数料、不動産の登記費用などを合計すると、数十万円単位の費用になることもあります。しかし、これは一度きりの費用です。成年後見制度を利用した場合、専門職後見人に毎年報酬を支払うケースでは長期的に見ると同程度かそれ以上の費用がかかることもあります。また、家族信託により資産凍結による機会損失(必要なときにお金が使えない等)を防げるメリットを考えれば、必要なコストと言えるでしょう。時間については、家族での話し合い・設計にじっくり取り組む必要がありますが、専門家のサポートのもと進めれば大きな負担にはなりません。
    Q3 家族信託をしても相続税や贈与税は節税できますか?
    A家族信託を利用しても、基本的に相続税・贈与税の優遇措置はありません。信託はあくまで財産の管理手法であり、税制上は信託してもしなくても財産の所有者が変わらないとみなされるためです(例えば、親を受益者としたまま信託した場合、生前贈与とは異なり子どもには贈与税はかかりませんが、親が亡くなればその財産は相続財産として課税対象になります)。ただし、家族信託を活用することで無駄な出費を防げる(例:凍結した財産が使えず結果的に施設入居が遅れてしまう、といった事態を避けられる)など間接的な経済メリットはあります。また、信託と併せて生前贈与や生命保険を活用することで相続税対策を行うケースもありますが、家族信託自体は節税対策ではなあくまで財産管理・承継の手段だと理解しておきましょう。

     

    Q4親が判断能力を失ったときは成年後見制度で十分では?家族信託を使うメリットは何ですか?
    A成年後見制度は公的な仕組みで、判断能力が低下した方を保護するためのものです。一人っ子であればお子さんが後見人に選ばれる可能性は高いですが、それでも裁判所の監督下での財産管理となり、居住用不動産の処分に許可が必要だったり、定期的な報告義務が発生したりします。これに対し家族信託は、親が元気なうちに準備する必要はありますが、その分家族の裁量で柔軟に管理でき、親の意思も反映しやすいメリットがあります。また、成年後見では本人の死亡後の財産承継に関与できませんが、信託であれば死亡後の承継先まで決めておくことが可能です。親御さんのケアに集中するためにも、元気なうちから家族信託で資産管理の土台を作っておくと安心です。
    Q5家族信託で子どもに財産を任せるのが不安です。勝手に使い込まれる心配はありませんか?
    A家族信託では、受託者であるお子さんは受益者の利益のために財産を管理する義務を負います。仮に信託財産を受託者自身のために使い込めば、受益者(親)や他の利害関係人から法的責任を追及される可能性があります。契約で使途を定めておけば目的外の利用も制限できます。それでも不安な場合、信託監督人という第三者を信託契約で定め、子どもの管理状況をチェックしてもらう方法があります。また、信託契約は親が内容を十分納得した上で締結するものですので、契約段階で「自宅を売却するには親の同意が必要」等の条件を付すことも可能です。大切なのは、信頼できる人を受託者に選ぶことと、不安な点は契約条項でカバーしておくことです。もっとも、受託者との信頼関係に不安を感じる場合には、任意後見契約によって専門家などの第三者に財産管理を任せた方がよいでしょう。

    8. まとめ~一人っ子家庭だからこそ早めの対策を~

    一人っ子家庭における家族信託の重要性やメリットについて見てきました。兄弟姉妹がいないからこそ、財産管理や相続の準備を親子間でしっかり整えておくことが大切です。家族信託を活用すれば、親御さんの判断能力が低下した場合でもお子さんがスムーズに財産を管理でき、結果として親御さんの生活や介護を支えることができます。また、親亡き後の財産承継についても事前に決めておけるため、お子さんにとっても安心材料となるでしょう。

    家族信託は万能ではありませんが、一人っ子家庭が直面しがちな「財産管理の空白期間」を埋める有効な手段です。特に、親御さんがまだ元気で判断力がしっかりしているうちにこそ契約を結べる点が重要です。認知症が進行してからでは家族信託は利用できず、その時点では成年後見に頼らざるを得なくなります。そうなる前に、ぜひ早めの段階で専門家に相談し、ご家庭に合った対策を検討してください

    一人っ子であることは、親御さんから一身に信頼と役割を託される立場でもあります。家族信託を上手に活用して、その責任を果たしつつ安心できる将来設計を築いてみてはいかがでしょうか。本記事の内容が、皆様の家族信託検討の一助になれば幸いです。

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