認知症対策として親の不動産を家族信託する場合、必ず「登記」をする必要があります。なぜなら、信託法という法律で定められた義務だからです。
また、登記をしっかりと行わないことによって、せっかく家族信託を利用したにも関わらず、
「実家を売却して老人ホームの入居一時金を捻出したい」
「空き家となった自宅を早急に売却したい」
「親が認知症となった後でも子供がアパートの管理を行えるようにしたい」
などといった家族信託を利用した本来の目的が達成できなくなってしまいます。そこで、本コラムでは不動産を家族信託する場合の
・登記が必要となる理由
・登記すべき内容
・登記にかかる費用
について詳しく説明します。
本コラムが、皆様にとって安心して家族信託に取り組む一助になれば幸いです。ぜひご一読ください。
目次
1 不動産を家族信託するときは必ず登記をしなければならない
家族信託を開始するためには、委託者(親)と受託者(子)が信託契約を締結する必要があります。
そして、家族信託が開始したら、速やかに委託者(親)から受託者(子)に名義変更の登記(所有権移転登記+信託登記)を申請しなければなりません。この登記は、信託法上の義務となっていますので、省略することはできません(信託法34条)。登録免許税や司法書士の費用を節約したいなどの理由で登記をしたくないという方がたまにいらっしゃいますが、この登記を回避することはできないのです。
では、不動産を家族信託する場合の「登記」について詳しく見ていきましょう。
1-1 家族信託で登記が必要となる理由は2つある
そもそも「登記」とは、法務局が管理する公的な帳簿(「登記簿」と呼びます。)に、「どのような不動産なのか」(所在、大きさ、種類、構造など)「誰がいつどんな原因で所有者となったのか」「抵当権などの担保権が設定されているか」などの情報を記載する手続きをいいます。これらの事項が登記されることによって、第三者に対して不動産について有している自分の権利を主張できることになるのです。マイホームを購入したことがある方であれば、司法書士に登記をしてもらった経験があると思います。
ところが、実は所有権や抵当権などの権利に関する登記は、原則として法律上の義務とはされていません。
それでは、なぜ家族信託の登記は必ず行わなければならないのでしょうか。理由は2つあります。
受託者には、信託法上「分別管理義務」が課せられています(信託法第34条)。分別管理義務とは、自分の財産と信託によって管理を託された財産を分けて管理する義務をいいます。信託法上、不動産の分別管理は「信託の登記」によって行うと定められています。信託の登記を行うことによって、受託者自身が所有している不動産(受託者の固有財産)と信託で管理をする不動産(信託財産)をしっかりと分けて管理することが可能となります。この義務は信託契約によっても免除することができないとされています(信託法第34条2項)。
よって、登記をしなければ信託法上の義務に違反することになるため登記をする必要があるのです。
家族信託を行ったにも関わらず登記をしない場合、受託者に不動産の管理や処分をする権限があるということを第三者に対して証明できません。なぜなら、登記をしなければ、登記簿に不動産が信託されたという事実がどこにも記録されず、受託者の存在やその権限を第三者が確認することができないからです。
家族信託を行う目的は、「認知症対策」であることがほとんどです。委託者(親)が認知症などによって判断能力を失ってしまった場合でも、親が所有する不動産の売却やリフォームなどの手続きを受託者(子供)が代わりに行えるようにしておくことが主な目的です。親が元気なうちに家族信託をしておけば、親が認知症になったとしても、受託者(子供)が代わりに売買契約やリフォーム契約を締結することができます。
しかし、登記をしなかった場合には、これらの契約の相手方は受託者の権限を確認できず、契約に応じてはくれません。つまり、不動産の売買やリフォームができないということになります。これではせっかく費用を払って家族信託した意味がなくなってしまいます。
したがって、家族信託を行った目的を確実に実現していくためには、登記は必要不可欠なものとなってきます。
1-2 家族信託では2つの登記を同時に申請しなければならない
不動産の家族信託では、所有権移転登記と信託の登記を法務局に申請する必要があります。この2つの登記は同時に申請をすることになります。それぞれの内容を確認してみましょう。
家族信託を行うと、委託者(不動産の管理をお願いする人)から受託者(不動産を管理する人)へ所有権が移転することになります。したがって、信託を原因として委託者から受託者へ所有権が移転した旨の登記を申請する必要があります。
しかし、所有権の移転登記だけですと、家族信託の内容(信託の目的や受託者の権限など)を確認することができません。そこで、次の②の登記を同時に申請します。
信託の登記は、「信託目録」というものを作成し登記簿に記録するための登記です。信託目録には主に次のような内容が盛り込まれます(詳細は後述)。
・家族信託の当事者(委託者、受託者、受益者など)
・受託者の権限
・信託の目的
・信託財産の管理方法
これら2つの登記がなされることによって、不動産についての受託者の権限が対外的に証明されますので、受託者は信託契約書に定めたとおりに不動産の管理や処分を確実に行っていくことができるようになります。
1-3 家族信託の登記は信託契約の直後に行う
家族信託の登記は、法律上「期限」が定められているわけではありませんが、家族信託の契約を締結した後、直ちに登記申請を行うことが推奨されています。
すぐに登記をしなくとも、必要になったときに登記をすればいいだろう…と思われる方もいるかも知れません。
しかし、たとえ家族信託の契約をしていたとしても、その後登記をしないまま委託者(親)が認知症になってしまったら、家族信託の登記を申請することができなくなってしまう可能性があります。なぜなら、家族信託の登記は、委託者(親)と受託者(子)が共同で申請しなければならないからです。登記の申請を行うには判断能力が必要となりますから、委託者(親)が認知症になってしまうと登記ができなくなるリスクがあります。
したがって、家族信託の契約を締結したら、時間を空けずに速やかに登記申請を行うことが大切です。なお、家族信託の契約を締結せずに、家族信託の登記だけを申請することはできません。
信託契約を締結しなければ家族信託は開始しないからです。
2 実際に家族信託の登記簿を見てみよう
では、次に実際に登記簿の記載例を見ながら、家族信託の登記について解説していきたいと思います。
上記は、実際に弊社で家族信託の登記を行った後の登記簿です。家族信託の登記によって登記すべき事項は、法律で定められています。信託契約書の内容が全て登記されるわけではありません。信託契約書の内容から登記事項を正確かつ適切に抽出する必要がありまます。
以下重要な部分について、順番に説明していきます。
①所有者(権利部甲区)
上述のように、不動産を家族信託すると、所有権は受託者に移転します。よって、権利者(所有者)の欄には受託者の住所・氏名が記録されます。あくまで登記簿上の所有者は受託者となります。
②信託の欄(権利部甲区)
贈与や売買などを原因として所有者を変更したわけでなく、「信託」を原因として所有者が変更されたことを表しています。
③委託者(信託目録)
委託者(親)の住所・氏名が記載されます。なお、委託者とは財産の管理を受託者にお願いする人をいいます。家族信託の場合、高齢の親が委託者となるケースが多いです。
④受託者(信託目録)
受託者の住所・氏名が記載されます。なお、受託者とは委託者から財産の管理をお願いされる人をいいます。家族信託の場合、子供が受託者となるケースが多いです。
⑤受益者(信託目録)
受益者の住所・氏名が記載されます。なお、受益者とは家族信託から利益を受ける人をいいます。家族信託では、通常委託者と受益者は同一人物となります(これを自益信託といいます)。
⑥信託の目的(信託目録)
信託の目的とは、家族信託によって達成・実現しようとする目的を指します。言い換えれば、家族信託の存在理由ともいえます。また、信託目的は、受託者の行動指針ともなります。受託者は、信託の目的の範囲内でのみ不動産に対して権限を有することになります。
⑦信託財産の管理方法(信託目録)
上記の信託の目的を達成するため、受託者がどのように不動産の管理・処分をしていくのかを記載します。ここに記載漏れがあることによって、将来売却の手続きなど、家族信託によって行おうとしていたことができなくなる可能性もあります。登記する内容は細心の注意を払って決定する必要があります。
⑧信託の終了の事由(信託目録)
信託契約書によって定めた信託の終了事由を記載します。ここに記載した事由が発生すると家族信託は終了します。
⑨その他の信託の条項(信託目録)
ここでは、①~⑧で記載しなかった事項で、家族信託の設計・運営上重要な部分を記載します。家族信託の内容によって記載事項は異なりますが、主に次のような事項が登記されます。
・委託者の地位の承継に関する条項
・帰属権利者(家族信託が終了したときに不動産を承継する者)
・後継受託者(当初の受託者が事故や死亡などによって受託者の任務が遂行できなくなった場合に、次に受託者になるべき者)
3 家族信託の登記に必要な書類とは
次に、家族信託の登記に必要となる書類を確認しましょう。一般的な必要書類は下記のとおりです。なお、家族信託の内容や現在の登記簿の状態によっては他に必要となる書類もありますので注意しましょう。
家族信託の登記は、必要書類の準備が完了したら、不動産の所在地を管轄する法務局に対して申請することになります。
家族信託契約の内容に基づいて、登記申請書を作成します。登記の申請書に記載すべき事項は法律で決まっています。登記を司法書士に依頼する場合には、司法書士が作成することになります。
家族信託契約を締結し、家族信託がしっかり開始していることを証明する書面です。信託契約書または別途必要事項を記載した書面(登記原因証明情報)を作成し添付します。実務上は、信託契約書を添付するのではなく、登記原因証明情報を添付することが多いです。登記を司法書士に依頼する場合は、司法書士が登記原因証明情報を作成します。
いわゆる「権利証」と呼ばれるものです。家族信託によって委託者は、所有権を受託者に移転することになりますから、権利証を提出する必要があります。権利証の正式名称は、委託者が不動産を取得した時期によって、「登記識別情報通知」の場合と「登記済証」の場合があります。
委託者の印鑑証明書を添付する必要があります。印鑑証明書は委託者の住所地の市区町村役場で取得します。なお、印鑑証明書の有効期限は、登記申請時点において発行後3ヶ月以内となっています。
新たに所有権を取得することになる受託者は、住所と氏名を証明するために住民票を提出する必要があります。住民票は受託者の住所地の市区町村役場で取得します。なお、住民票に有効期限はありません。
上記で確認した信託目録に記載する事項を作成して添付する必要があります。信託目録には家族信託契約書の全てを記載するわけではありません。登記簿は誰でも閲覧できるものなので、信託目録に記載する事項の決定にあたってはプライバシーに配慮する必要があります。一方、受託者が第三者と円滑に取引を進めていくために、受託者の権限や財産の管理方法などは明確に記載しておかなければなりません。
よって、信託目録に記載すべき情報は、慎重に検討して決定することが求められます。
信託の登記を申請する際には、登録免許税という税金を法務局へ納めなければなりません。登録免許税を算出するために、市区町村から毎年4月~5月に送られてくる固定資産税の納税通知書に付いている課税明細書を法務局に提出します。課税明細書が手元に無い場合は、別途、市区町村役場で固定資産税評価証明書を取得して、法務局に提出します。
登記を司法書士へ依頼する場合、司法書士への委任状が必要です。委任状には、委託者と受託者の両名が記名・押印します。なお、委託者は必ず実印で押印する必要があります。
4 家族信託の登記にかかる費用を知っておこう
家族信託の登記を申請する際には、主に次の2つの費用が発生します。
不動産の名義を変更するには、法務局に登録免許税を納める必要があります。登録免許税は不動産の固定資産税評価額を基準に次のとおり計算されます。固定資産税評価額は、固定資産税課税明細書または固定資産税評価証明書に記載されています。
【土地】 固定資産税評価額×0.3% ※原則は0.4%。令和3年3月31日までの特例措置。
【建物】 固定資産税評価額×0.4%
例えば、土地が2,000万円、建物が800万円の不動産を信託する場合、
土地の登録免許税が6万円(2,000万円×0.3%)、建物の登録免許税が3万2,000円(800万円×0.4%)、登録免許税は合計9万2,000円となります。
登記申請は登記の専門家である司法書士に依頼するのが一般的です。司法書士へ依頼した場合の費用はおよそ8万円~10万円が相場です。費用は不動産の評価額や不動産の個数によって異なります。
登録免許税や司法書士報酬を含めた家族信託にかかる全費用の詳細ついては、下記のコラムをご覧ください。
5 家族信託の登記が必要なのは「始めるとき」だけではない
家族信託の登記は、信託開始時にだけ行えばよいというものではありません。上記のとおり家族信託の登記では多くの内容を登記簿に記載する必要があります。登記の内容は、常に最新の情報でなければなりません。
そのため、登記簿の内容に変更が生じたときや、信託が終了したときには、その旨の登記を新たに申請しなければなりません。
では、具体的に代表的な2つのケースをみていきましょう。
5-1 家族信託の契約書を変更するとき
家族信託は、設計した内容によっては数十年以上続くようなケースもあります。この場合、当初の内容から変更する必要が生じる可能性があります。例えば、次のような場合です。
<具体例>
・受託者の権限を変更したい(例:新たに受託者に不動産を売却する権限を与えたい)
・信託が終了する時期を変更したい(例:信託の開始から10年を経過したら信託を終了させるようにしたい)
・後継受託者を新たに設定したい(例:受託者Aが死亡したら、次に受託者になる者としてBを定めておきたい)
これらの変更を行うためには、原則として委託者と受託者で家族信託を「変更する契約」を結ぶ必要があります。信託を始めるときも委託者と受託者で契約を締結して始めたわけですから、変更する際も同じように行うということです。
信託契約の内容を変更すると、登記簿にもその変更内容を反映させる必要がありますので、その旨の登記を申請することになります。
5-2 家族信託が終了したとき
家族信託は、信託契約で定めた事由に該当したときに終了することになります。一般的には次のような事由で終了するよう定めることが多いでしょう。
<具体例>
・受益者の死亡
・契約で定めた信託期間の満了
家族信託が終了すると、信託契約で定めた「帰属権利者」という者に財産が承継されることになります。そこで、信託が終了した場合には「信託を抹消する登記」と「帰属権利者へ所有権を移転する登記」を申請する必要があります。
6 家族信託の登記は「家族信託専門」の司法書士に依頼すべき
家族信託の登記は、次の3つの理由から「家族信託専門」の司法書士に依頼することをおすすめします。
家族信託の登記は、上記で確認した必要書類を全て揃えた上で、信託する不動産を管轄している法務局へ登記を申請する必要があります。必要書類の準備には、かなりに時間がかかると思われます。
また、法務局は平日しか開いていませんので、仕事をしている方であれば休みを取る必要があるでしょう。申請書類を修正するために何度も法務局へ行かなければならない場合もあります。
登記には、マイホームを購入した時の売買の登記、親が不動産を相続したときの相続の登記など、様々な種類がありますが、家族信託の登記は数ある登記の中でも特殊で難易度が高いとされています。
まず、前述の登記原因証明情報のベースとなる「信託契約書」の作成が難しいです。売買契約書のようにひな型を微修正して対応できるものではありません。委託者(親)の想いや希望を基に、オーダーメイドで作り込んでいく必要があります。
さらに、前述の信託目録に記載すべき情報を適切に作成するには、家族信託についての豊富な経験とノウハウが要求されます。
家族信託の登記はただ登記すれば良いというものではありません。法律や信託契約書に忠実で正確な登記を行う必要があります。
とりわけ、信託目録には、必要な情報を適切な表現で無駄なく記録をする必要があります。ここに不備があると、受託者の権限が不明確であると判断され、不動産の売却やリフォームなど家族信託を利用して行う予定だったことができなくなるリスクがあります。
全ての司法書士が家族信託に精通しているわけではありません。家族信託を依頼する際は、家族信託の組成と登記の実績が豊富な司法書士に依頼するようにしましょう。
弊社は、家族信託などの認知症対策を専門にしており、これまでに150件以上の家族信託の組成・登記の実績があります。皆様の家族信託が最後まで安全に運営できるよう、万全なサービスを提供することが可能です。家族信託をご検討されている方はお気軽にご相談ください。
7 まとめ
最後までお読みいただきありがとうございました。いかがでしたでしょうか。
本コラムによって家族信託の登記について理解が深まり、皆様が安心して家族信託を始められることを祈っております。
・不動産を家族信託するときは必ず登記をしなければならない
・家族信託ではどんな登記をするか知っておこう
・家族信託の登記をするには費用が発生する
・家族信託の登記が必要なのは「始めるとき」だけではない
・家族信託の登記は家族信託専門の司法書士に依頼すべき
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