
父が亡くなり相続手続きを進める必要があります。しかし、私は生活保護受給者のため、財産を相続すると生活保護が打ち切られてしまうのではと恐れています。生活保護を受給し続けるために、相続放棄をすることはできるのでしょうか?
生活保護受給者の方は、原則として相続放棄をすることはできません。
生活保護を受けている方が財産を相続してしまうと、生活保護が打ち切られてしまうのではないかと心配になる方も多いと思います。
結論として、生活保護受給者の方は原則として相続放棄をすることはできません。
本コラムでは、生活保護受給者が相続放棄できない理由、例外的に相続放棄が認められるケース、不正受給とみなされる注意すべき行為などについて詳しく解説します。
▼相談放棄の基本については下記の動画をご覧ください。
目次
1 【原則】生活保護受給者は相続放棄ができない
まず、前提として、生活保護受給者の方であるからといって相続する権利がないわけではありません。生活保護を受けていても、財産を相続することはでもちろんできます。
ただし、相続によって財産を取得すると生活保護の受給資格を満たさなくなって打ち切られたり、保護費を減額されたりする可能性があります。
相続放棄の受給を継続したいという理由で相続放棄を考える方がいますが、原則として生活保護受給者は相続放棄ができないことに注意が必要です。
1-1 生活保護受給者が相続放棄できない理由
なぜ生活保護受給者が相続放棄できないのでしょうか?
それは相続できる財産がある場合にはその財産を取得し、生活を維持するために活用すべきだからです。
相続放棄をしてしまうと、生活に困窮していても次に述べる生活保護の受給資格を満たさなくなってしまう可能性があります。
生活保護法には、以下のように規定されています。
第4条(保護の補足性)
1 保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。
2 民法(明治二十九年法律第八十九号)に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。
この規定から、生活保護の受給資格として以下の3つをすべて満たす必要があるといえます。
・生活に困窮していること
・利用しうる資産、能力、その他あらゆるものを生活の維持のために活用すること
・扶養義務者から扶養を受けられないか、受けてもなお生活に困窮していること
相続できる財産があるにもかかわらず相続放棄をすると、「利用しうる資産」があるのにそれを最低限度の生活を維持するために活用していないことになります。そのため、生活保護の受給資格を満たさないこととなり、原則として生活保護が打ち切られてしまいます。
生活保護の申請前に相続放棄をしていた場合も、受給資格を満たさない以上、原則として生活保護の申請が却下されることになります。
【生活保護と相続放棄】
ただし、生活保護受給者だからといって相続放棄が絶対に禁止されるというわけではありません。
判例では、「相続の放棄のような身分行為については、他人の意思によってこれを強制すべきではない」と判示されており(最高裁昭和49年9月20日判決)、相続人に対して相続の承認を強制することはできないと考えられています。
したがって、生活保護受給者の方であっても相続の承認(単純承認)を強制されることはありません。
ただし、「利用しうる資産」として相続財産があるにもかかわらず、相続放棄をすることは生活保護の目的とは相容れないため、生活保護の打ち切られたり、保護費が減額となる可能性があるのです。
1-2 財産を相続すると受給停止または廃止の可能性がある
なぜ受給停止・廃止となってしまうのか
生活保護受給者は原則として遺産を相続する必要がありますが、相続すると生活保護が受給停止または廃止となる可能性があります。
なぜなら、生活保護は、本人やその世帯の全員が利用し得る資産、能力その他あらゆるものを活用してもなお最低限度の生活を維持できない場合に、その「不足分を補う程度において」行われるものだからです(生活保護法第8条1項)。
生活保護が不要になるほどの財産を相続し、当分安定した生活が送れる場合は「保護を必要としなくなったとき」に該当し、生活保護が停止または廃止となります(同法第26条)。
生活保護の「停止」とは保護費の支給が一時的に停止されることをいい、「廃止」とは保護費の受給資格そのものが失われることをいいます。
停止・廃止の分かれ目は
どれくらいの財産を取得すると生活保護が停止または廃止になるのかというと、相続後のその世帯の最低生活費や収入の状況から判断して、おおむね 6ヶ月以内に再び保護を要する状態になることが見込まれる場合は「停止」、おおむね6ヶ月を超えて保護を要しない状態が継続すると見込まれる場合は「廃止」となります。
【停止と廃止の分かれ目】
いったん生活保護が停止となっても、取得した遺産を使い果たして再び生活に困窮し、受給資格を満たすようになれば支給が再開されます。廃止となった場合も、改めて生活保護の申請をし、受給資格を満たすことが確認されれば再び受給できます。
相続により資力が増えたにもかかわらず、それを隠して生活保護を受給した場合には、不正受給とみなされ過去に受給した金額を返還しなければなりません(生活保護法第63条)。
福祉事務所のケースワーカーは定期的に実態調査を行っているので、不正受給をすると基本的に発覚してしまいます。
生活保護の受給中に収入や資産など生計の状況に変動があったときは、速やかに保護の実施機関等にその旨を届け出ることが義務づけられています(同法第61条)。財産を相続した場合には、必ず届け出をしましょう。
1-3 生活保護を受給したまま相続できる財産
生活保護受給者が財産を相続した場合に、必ずしも保護が停止または廃止となるわけではありません。生活保護を受給したまま相続できる財産もあります。
ごく少額の預貯金のほか、以下の財産については、生活保護に影響を及ぼすことなく相続できる可能性があります。
・居住用として必要最低限の財産
・事業用として必要最低限の財産
・処分することが困難な財産
まずは、亡くなった方と同居していた自宅や、亡くなった方から引き継いだ事業を継続するために必要不可欠な設備や不動産などが挙げられます。
これらの財産を売却して生活費に充てなければならないとすると、生活保護受給者は住む場所を失ったり、事業を継続できなくなったりして、さらに生活に困窮するおそれがあります。
そのため、これらの財産を高額で売却できる見込みがある場合は別として、そうでない場合は生活保護を受給したまま相続できる可能性があります。
また、財産の中には処分(換金)することが困難なものもあります。例えば、山林や古い家屋、自動車、骨董品などが挙げられます。このような財産を相続しても、最低限度の生活を維持するために活用することは難しいので、生活保護を受給したまま相続できる可能性があります。
相続した財産を保有することが許されるかどうかを判断するのは、生活保護の実施機関です。迷ったときは、ケースワーカーに相談するようにしましょう。
1-4 生活保護を受けている場合の相続の流れ
【生活保護を受けている場合の相続の流れ】
生活保護を受けている場合も相続手続きの流れは基本的には変わりませんが、以下の点に注意が必要です。
まずはケースワーカーへ相談することが重要
法律上は、相続または相続放棄をした後にその旨を保護の実施機関に届け出ればよいことになっています(生活保護法第61条)。
しかし、生活保護への影響を最小限に抑えるためには、身内の方が亡くなり相続人となった時点で早急にケースワーカーに相談することが大切です。
次に、相続財産の調査と相続人の調査は確実に行うことが重要です。相続財産と相続人の範囲によって、自分が取得する財産の金額が異なってくるからです。資産と収入の変動は生活保護に影響を及ぼします。弁護士や司法書士といった専門家に相談すれば、これらの調査をサポートしてもらえます。
相続財産の調査が終わったら、単純承認をするか、あるいは相続放棄や限定承認をするかを選択します。しかし、生活保護受給者は例外的に相続放棄ができる場合を除いて、自由に選択できるわけではありません。ここまでを自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に行う必要があります。
続いて、遺産分割協議(財産をどのように分けるのかを決める話し合い)を行います。遺産分割協議では、基本的には法定相続分に従って遺産を取得するように話し合う必要があります。生活保護受給者の取り分が法定相続分を下回ると、相続放棄をした場合と同様に、生活保護の受給資格を満たさないこととなり、原則として生活保護が打ち切られてしまう可能性があるからです。
そして、遺産分割協議に基づき、相続手続き(預貯金の解約手続きや相談登記など)を行います。
なお、未支給年金は相続放棄をしても受け取ることができます。未支給の年金は「相続財産」ではなく、遺族の「固有財産」とされているからです(最高裁平成7年11月7日判決)。そのため、相続放棄したとしても、未支給の年金を受け取った場合は、その金額次第で生活保護費が一時的に減額される可能性があります。
▼相続放棄と未支給年金については下記のコラムをご覧ください。
相談手続きが終わったらケースワーカーへ報告する
相続手続きが終わり、何らかの財産を取得した場合は、速やかに保護の実施機関等に届け出なければなりません。相続放棄した場合も同様です。必ずケースワーカーに報告して、必要な手続きを指示してもらいましょう。
2 【例外】生活保護受給者でも相続放棄ができる2つのケース
【生活保護受給者が相続放棄できる2つのケース】
生活保護受給者が財産を相続しても、取得した財産が最低限度の生活を維持するために「利用しうる資産」に当たらない場合は、例外的に相続放棄をすることができます。
遺産の種類や内容にはさまざまなものがありますが、以下の2つのケースでは相続放棄をしても、生活保護に影響はないと考えられます。
ケース① マイナスの財産がプラスの財産を上回るケース
相続によって、原則としてプラスの財産だけでなくマイナスの財産も相続人に引き継がれることになります。
亡くなった方が残した財産のうち、現金・預貯金や不動産などのプラス財産の合計額よりも、借金・ローンなどのマイナス財産の合計額が上回る場合に単純承認をすると、相続人は取得した財産をすべて売却したとしてもなお、借金やローンを支払い続けなければなりません。
生活保護受給者がこのような支払い義務を引き継いでしまうと、さらに生活に困窮してしまいます。そのため、マイナスの財産がプラスの財産を上回る場合には相続放棄できるとされています。
そのため、生活保護受給者に相続が発生した場合には、相続財産の調査をしっかりと行うことが重要です。また、不動産や株式など財産の価値を評価することが必要な場合には、専門家に相談するようにしましょう。
ケース② 処分困難な不動産があるケース
相続財産の中に、立地条件が悪く売却が難しい自宅や山林(いわゆる「負動産」)などが含まれている場合もあります。
このように、取得しても自分で使用するわけでもなく、換金することも難しい不動産がある場合、生活保護受給者が相続しても最低限度の生活を維持するために活用できません。かえって維持・管理のために費用がかかるため、さらに生活に困窮する可能性が高くなります。
そのため、処分困難な不動産がある場合も相続放棄できるとされています。
ただし、相続放棄による生活保護への影響の有無を最終的に判断するのは保護の実施機関です。問題ないと思われるケースでも、事前にケースワーカーに相談し、相続放棄をしても問題ないかを確認しましょう。
なお、相続放棄によって他の親族に相続権が移る可能性があることにも注意が必要です。
例えば、親が亡くなり、子(生活保護受給者)が唯一の相続人である場合に相続放棄をすると、親の兄弟姉妹や甥・姪が知らないうちに借金や処分困難な不動産を相続してしまい、トラブルとなる可能性があります。相続放棄をする際には、他の親族にその旨を伝えるようにしましょう。
3 不正受給とみなされる3つの行為
以下の行為が発覚すると、生活保護費の不正受給とみなされる可能性があるので注意が必要です。
・プラスの財産があるのに相続放棄をして生活保護の受給を続けた
・福祉事務所へ財産を相続した旨の報告を怠った
・財産を相続予定にも関わらず受給申請をした
「不実の申請」や「不正な手段」により生活保護を受給した場合には、返還金(不正に受給した金額)に最大40%の金額を上乗せして徴収されます(生活保護法第78条1項)。
不正受給した金額が大きい場合など悪質な事案では、詐欺罪(刑法第246条)に問われるおそれもあります。
生活保護を受給中に相続または相続放棄をした場合だけでなく、生活保護を申請する時に財産を相続する予定がある場合も、必ずケースワーカーに相談するようにしましょう。
4 まとめ
最後までご覧いただきありがとうございます。
生活保護受給者は原則として相続放棄ができませんが、例外的に相続放棄できるケースもあり、その場合には期限内に相続放棄の手続きをすべきです。何かご不明な点がございましたらお気軽にお問い合わせください。
それでは、最後に本コラムのまとめです。
・生活保護受給者は原則として相続放棄ができない
⇒利用しうる資産がある場合には生活の維持に活用する必要があるため
・財産を相続すると生活保護の受給が停止または廃止となる可能性がある
⇒財産が増加することによって、生活保護の必要性がなくなることがあるため
・生活保護を受けている場合の相続の流れは一般的なケースとは少し異なる
⇒まずはケースワーカーに相談する
⇒単純承認・相続放棄・限定承認を自由に選択できるわけではない
⇒遺産分割協議では自分の取得分が法定相続分を下回らないように注意が必要
⇒相続手続きが終わったらケースワーカーに報告する
・生活保護受給者でも例外的に相続放棄ができるケースがある
⇒マイナスの財産がプラスの財産を上回るケース、処分困難な不動産があるケース
・不正受給とならないに注意する。
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