日本の親が心配…海外在住の子どもが知っておくべき家族信託と相続の話

目次

1.「親が日本在住・子が海外在住」家族信託の悩みと結論

「親の財産の管理を子どもに任せたいけど、子どもは海外在住…。家族信託ってできるのだろうか?」――このようなお悩みをお持ちではありませんか。

近年、認知症対策や相続対策の一環として家族信託の活用を検討するケースが増えています。
しかし、受託者(財産を託され管理する人)に最適なはずの子どもが海外在住の場合、手続き面での不安を感じる方は多いです。
結論から言えば、海外に住んでいるお子さんでも家族信託の受託者になることは可能です。ただし、日本国内に居住する受託者の場合と比べてできないことや制約も多く、特別な注意が必要になります。

本記事では、典型的な「親が日本在住・子が海外在住」というケースを想定し、海外在住の子を受託者とする家族信託のポイントを詳しく解説します。預貯金・不動産・株式といった財産別の注意点から、任意後見制度との併用、さらに遺言書の必要性や死後事務委任契約まで網羅し、最後にはチェックリストと実例も紹介します。
司法書士としての実務経験に基づく具体的アドバイスを交えていますので、海外在住のお子さんを持つ親御さんの終活にきっとお役立ていただけるでしょう。ぜひとも最後までお読みください。

2. 家族信託とは

2-1. 家族信託とは?

家族信託(別名:民事信託は、自分の財産を信頼できる家族に管理してもらう仕組みです。簡単に言えば、「この財産を私の代わりに管理してください」と家族に正式に頼む制度です。

この仕組みでは、三つの役割があります:

  • 委託者:財産を託す人(例:高齢の親)
  • 受託者:財産を管理する人(例:子ども)
  • 受益者:財産からの利益を受け取る人(多くの場合は委託者自身)

例えば、お父さんが持っている預金や不動産を息子さんに管理してもらい、その利益はお父さん自身が受け取る、という形が一般的です。

以上が家族信託の基本的な仕組みと特徴です。家族信託は「契約で家族に財産管理を任せる仕組み」であり、親が元気なうちに備えることで将来の財産管理や相続を円滑に進められる有用な方法と言えます。

【家族信託の基本的な仕組み】

【参考コラム】


【参考動画】

2-2. なぜ家族信託が注目されているの?

家族信託の最大の魅力は、将来の財産に関する不安に備えられる点です。特に以下のようなメリットがあります:

  1. 自由に設計できる:誰に何を任せるか、どう使うかなどを細かく決められます。
  2. 認知症対策になる:判断能力が低下しても、あらかじめ決めた人が管理を続けられるので、口座凍結などのトラブルを防げます。
  3. 裁判所の手続きが不要:成年後見制度と違い、家庭裁判所の関与なく家族だけで完結できます。

2-3. 家族信託の注意点

全ての財産を信託できるわけではありません。例えば:

  • 信託できるもの:預貯金、不動産、株式など
  • 信託できないもの:年金受給権など

家族信託は法律(信託法)に基づく正式な制度ですが、専門的な知識が必要なため、導入の際は信託に詳しい専門家(司法書士・弁護士)に相談することをお勧めします。将来の備えとして、家族信託という選択肢を知っておくと安心です。

【参考コラム】

3. 海外在住の子でも家族信託の受託者になれるか?

まず核心の問いである「海外在住の子でも家族信託の受託者になれるか」について解説します。

結論でも触れたとおり、法律上は海外居住の家族を受託者とする信託契約も有効に成立します。信託法上、受託者は成年で判断能力があれば親族以外でも誰でもなれますし、居住地についての制限も特にありません。ですから、形式的には親が委託者(財産を託す人)となり、海外に住む子どもを受託者として家族信託の契約を結ぶこと自体は可能です。

しかし、問題は実務面での制約です。日本国内在住の受託者であれば難なくできる各種手続きや財産管理が、海外在住だとスムーズに行えないケースが多々あります。例えば、信託専用の銀行口座開設、証券会社での手続き、不動産の管理・売却時の対応などで、国内居住者でないことが壁になる場合があります。こうしたハードルのため、専門家の立場から申し上げると、海外居住者は家族信託の受託者として必ずしも適任とは言えないのが実情です。とはいえ「身内で信頼できるのが海外在住の子しかいない」というご家庭もあるでしょう。その場合は、後述する注意点に十分留意した上で家族信託を組成することになります。

要点をまとめると、海外在住の子でも家族信託の受託者になること自体はできるが、国内在住の場合より準備すべき・検討すべきことが多いということです。そのため、計画段階で専門家に相談しながら進めることが重要です。

では具体的にどのような点に注意すれば良いのか、次章から資産の種類ごとに詳しく見ていきましょう。

4. 資産別に見る海外受託者の場合の注意点

海外在住の子を受託者とする家族信託では、信託する財産の種類ごとに異なるハードルがあります。ここでは預貯金(銀行預金)、不動産、上場株式など主な資産について、実務上の注意点と対策を解説します。お子さんが海外にいるケース特有の問題点を洗い出し、一つ一つ対処法を確認しておきましょう。

4-1. 預貯金を信託する場合の注意点 – 銀行口座の開設

家族信託で現金や預金を管理するには、受託者名義の専用口座(信託口口座)を用意し、その口座で資金を分別管理することが推奨されています。安全性が高く、分別管理を徹底できる信託口口座を開設せずに、受託者の個人口座を信託の専用口座として利用する方法もあります。詳細は下記のコラムをご覧ください。

【参考コラム】

いずれにしても、家族信託がスタートした後は、親(委託者)の預金を一旦その口座に移し、以後は受託者が信託財産として運用・管理する流れです。

ところが、受託者である子どもが海外居住者の場合、日本の銀行で新規に口座を開設することが極めて難しいのです。日本の金融機関の多くは非居住者に対する口座開設に対応しておらず、住民票が日本になければ断られてしまうのが現状です。

この問題への対策として、まず受託者本人が以前日本に住んでいた際に開設した休眠口座などが残っていないか確認します。もし国内銀行の口座をまだ保有しているなら、その口座を信託用に利用できる可能性があります。実際にあった事例では、海外在住の息子さんが日本で使っていなかった口座を信託口座として活用し、口座内の預金を一旦ゼロにしてから親御さんの預金を移すことで対応しました。このように既存口座を活用できればベストですが、問題はそもそも使える口座が無い場合です。その場合、新規の口座開設ができない以上、海外から日本円の現金を管理する術がなく、預貯金の信託自体を諦めざるを得ないケースも起こりえます。

どうしても預貯金の信託が難しい場合は、信託財産から預貯金を除外し、それ以外の資産だけを信託する選択肢も検討されます。ただし預金を信託しない場合、親御さんが認知症になった際にその預金を動かせなくなるリスクが残ります。そこで、後述する任意後見契約でフォローすることも一案です。

4-2. 不動産を信託する場合の注意点 – 登記手続きと管理方法

ご自宅や収益物件などの不動産を家族信託すること自体は、受託者が海外居住者であっても可能です。信託契約を結ぶと、不動産の登記名義(所有者)は親から受託者である子どもに変更されます。日本の不動産は海外在住者名義でも所有できますので、名義変更そのものは法的に問題ありません。しかし、不動産の管理・処分に関してはいくつか留意点があります。

留意点1 登記手続きに必要な書類

不動産を信託する際の名義変更登記では、通常は受託者の住民票や印鑑証明書が必要です。しかし受託者が日本に住民登録をしていない場合、在外公館(大使館・領事館)で発行してもらう在留証明書、サイン証明書などを代替書類として準備する必要があります。

留意点2  不動産の売却や管理

親の自宅を信託財産にする場合、「介護施設入居時には売却する」ことを想定して行うことが一般滝です。もっとも、海外在住の子が受託者の場合、不動産売却のためには原則として帰国する必要があることに注意が必要です。また、アパートなどの賃貸物件管理は、契約更新や家賃管理など日常業務が多く、海外在住者には負担が大きいです。すでに信頼できる管理会社に委託している場合は問題ありませんが、そうでなければ新たに管理代行を依頼するか、日本在住の別の受託者を立てることを検討しましょう。なお、家族信託は財産ごとに受託者を分けるなど、柔軟な設計が可能です。

留意点3 税金関係の手続き(納税管理人の届出)

不動産を信託すると固定資産税や都市計画税の納税義務者も受託者(=海外在住の子)となります。税金の納付書類が海外宛てには発送されないので、税務署に「納税管理人」を届け出る手続きを忘れずに行いましょう。納税管理人とは、所有者が海外在住の場合に代わりに税金の通知を受け取り納付を行う代理人のことです。委託者である親御さん本人を納税管理人に指定し、元気なうちは親自身が税金を受け取って支払うよう届け出ることも可能です。親の判断能力がしっかりしている間はそれで問題ありませんが、後々難しくなれば納税管理人を別の人(例えば日本在住の親族や専門家)に変更することも検討すべきです。いずれにせよ、非居住者が不動産を所有する際の通常業務として納税管理人の届出は必須と心得てください。

留意点4 火災保険等の名義変更

信託により不動産所有者が受託者に変わると、建物にかけている火災保険や地震保険の契約名義も委託者(親)から受託者(子)へ変更する手続きを行います。この際、保険会社によっては海外居住者を契約者にできない場合や、名義変更時に本人確認のため来店を求められる場合があります。事前に保険会社へ問い合わせ、海外在住者への名義変更手続き方法を確認しておきましょう。もし現在契約中の保険会社で対応できないと言われた場合、他社への乗り換えも視野に入れます。また、名義変更が完了するまで保険金請求がスムーズにできないリスクもありますので、信託契約後は一日も早く保険手続きを済ませておくことが重要です。不動産管理に関しては、このほか売却時の税務処理や現地不動産業者とのやり取りなど、海外在住ゆえの課題が考えられます。専門家のサポートを受けながら、一つ一つ対処していきましょう。

4-3. 上場株式・投資信託を信託する場合の注意点 – 口座開設と取引制限

最後に、上場株式や投資信託などの金融商品を信託する場合の注意点です。家族信託で株式を扱うには、信託に対応した証券会社で受託者名義の証券口座を開設し、信託財産として管理することになります。しかし、現状では日本の証券会社の多くが海外居住者の新規口座開設を認めていません。そのため、上場株式を海外在住の子どもに信託することは極めて困難というのが実務的な結論です。銀行口座以上にハードルが高く、受託者が非居住者である限り証券会社側で断られてしまうケースがほとんどなのです。

対応策として考えられるのは以下の2つです。

一つ目は、「受託者となる子どもが一時的に帰国して国内居住者となったタイミングで株式を信託財産に組み入れる」方法です。例えば将来的にお子さんが日本に帰国予定であれば、その後に証券口座を開設して家族信託に組み入れることも不可能ではありません。ただしこの場合でも、信託契約書の内容を証券会社に事前確認してもらう必要がある、手続きの流れが複雑である等の注意点があります。また、帰国時期が未定であったり、親の認知症発症リスクとの兼ね合いで悠長に待てない場合には、この方法は現実的ではないでしょう。

もう一つの方法は、株式を信託財産に含めないことです。株や投資信託を無理に信託せず、親の名義のまま残しておき、他の手段で管理・承継対策を講じます。例えば親が亡くなった際に円滑に相続手続きができるように、遺言書を遺しておくことです。遺言執行者を定めておけば、相続発生後の相続手続きをスムーズに行うことができます。また、親が認知症等で判断能力を失った場合に備え、任意後見契約で受任者(後見人)が株式を管理・処分できる権限を付与しておくことも一案です。このように、株式については信託以外の手段でカバーすることを視野に入れ、柔軟に対応しましょう。

以上、預貯金・不動産・株式と資産別に見てきました。総じて言えるのは、海外在住の受託者は財産管理インフラの確保が課題になるということです。銀行や証券口座といった金融インフラ、不動産管理の人的ネットワークなど、国内居住者なら当たり前に使えるものが使えない可能性があります。そのため、専門家と相談しつつ「既存のリソースをどう活用できるか」「代替策はあるか」「そもそも信託の範囲をどうするか」を検討する必要があります。場合によっては、受託者候補を再考する(別の親族など)ことも選択肢に入れてください。次章では、家族信託と合わせて活用を検討すべき任意後見制度について見ていきます。信託だけではカバーしきれない部分を補完する重要な制度ですので、ぜひ押さえておきましょう。

5. 任意後見制度との併用 – 財産管理と身上保護の補完

5-1. 任意後見制度とは

海外在住のお子さんを受託者とする家族信託を検討する際は、任意後見制度との併用もぜひ視野に入れましょう。
任意後見制度とは、将来ご本人(親御さん)の判断能力が低下したときに備えて、あらかじめ信頼できる人(親族や専門家)と契約を結び、後見人として財産管理や身上保護(生活・介護面のサポート)を任せる仕組みです。家族信託と任意後見は、それぞれカバーする範囲が異なるため、両方を組み合わせることで万全の備えとなります。

【参考コラム】

【任意後見制度とは】
任意後見制度とは

【任意後見と家族信託の比較】
【家族信託と任意後見の比較表】

家族信託は主に財産管理と資産承継(相続対策)に威力を発揮します。一方、任意後見人には財産管理だけでなく身上保護(病院や施設との契約手続き、介護方針の決定など)も任せることができます。例えば、信託によって金融資産や不動産は子ども(受託者)が管理できますが、介護サービスの契約や役所への各種手続き、年金の受領など信託では対処できない事柄が出てくる可能性があります。この点、任意後見契約で後見人を選任しておけば、そうした信託外の事務も包括的に代行してもらえます。

5-2. 家族信託と任意後見の併用する際の注意点

では、家族信託と任意後見を併用する際のポイントを確認しましょう。まず、受託者と任意後見人を誰にするかが重要です。基本的には受託者と任意後見人は別の人を選ぶことが望ましいとされています。なぜなら、同一人物が信託財産を管理しつつ、同時に本人の後見人にもなると、自分自身を監督する構図となり利益相反が生じる恐れがあるためです。例えば、子どもが受託者兼任意後見人になった場合、本人のためという名目で信託財産を処分したり、自分の管理責任を十分にチェックできなくなるリスクがあります。そこで、可能であれば任意後見人には受託者以外の第三者(もう一人の親族や専門家)を候補者にしておくと良いでしょう。別人であれば、受託者は信託財産の管理、任意後見人は本人の生活面サポートと信託外財産の管理、と役割分担が明確になるメリットがあります。

もっとも、ご家庭の事情によっては「他に適任者がいないので子どもに両方任せたい」場合もあるでしょう。法令上、受託者と任意後見人が同一人物であってはならないというわけではありません。その際は、契約内容の工夫や家庭裁判所による任意後見監督人の選任によって一定のチェック機能を持たせることが可能です。任意後見契約は発効時(ご本人の判断能力低下後)に家庭裁判所が後見監督人を必ず置く仕組みになっており、後見人である子どもの業務を外部から見守ってくれます。この監督人の下で、任意後見人としての子どもが信託財産の範囲も含め適切に対応できるよう、代理権の範囲や信託との調整条項を定めておくことが肝心です。具体的には、信託契約書に「後見開始後は受託者が任意後見人の指示を仰いで管理する」旨を盛り込む、また任意後見契約の委任事項に信託財産に関する対応も含めておくなどの方法があります。このあたりは専門的判断が必要になるため、契約の締結時に司法書士や弁護士とよく相談して決めると安心です。

5-3. 家族信託と任意後見の併用が効果的なケース

以上を踏まえ、家族信託+任意後見契約のセットは特に次のようなケースで有効です。

①信託ではカバーできない財産や手続きが残る場合

 例)株式など信託外資産がある、介護や医療の対応も必要と想定される etc.

②受託者が遠方在住で身上保護が難しい場合

例)今回のように受託者が海外在住で日常的な見守りは別に必要 etc.

③受託者が親族ではあるが血縁が遠い場合

例)甥や姪が受託者で、本人の生活面までは面倒見きれない場合 etc.

逆に、同居の親族がいて身の回りの世話も任せられる場合や、信託で財産のほぼ全てを処理してしまい他に管理すべき財産が無い場合などは、無理に任意後見を併用しなくてもよいこともあります。とはいえ、将来状況が変わる可能性もありますので、検討だけは事前にしておくことをおすすめします。任意後見契約自体は公正証書で締結する必要があり多少コストもかかりますが、得られる安心感は大きいです。特に海外在住のお子さんの場合、日本国内で親御さんの日常生活を支える人的基盤が手薄になりがちですから、任意後見制度を利用することが、親の生活に対する重要な備えと言えるでしょう。

6. 相続対策としての「遺言書」の必要性とその利点

親が亡くなった後の相続手続きは、海外在住の子供にとってさらにハードルが高いものです。日本の役所での届出や銀行口座の凍結解除、遺産分割協議、不動産の名義変更、相続税申告など、煩雑な手続きを遠隔で進めるのは困難を伴います。ここでは、相続手続きを簡略化するために有効な遺言書の作成と、家族信託との併用について解説します。

6-1. 遺言書を作成するメリット

親が遺言書を用意しておくことは、相続手続きを円滑にする上で大きなメリットがあります。遺言書が無い場合、法定相続人全員で遺産分割協議を行い合意しなければ、財産を分配できません。しかし遺言書があれば、基本的にその指定に従って財産を分ければ良いため、話し合いがまとまらないリスクや遺産分割協議のために帰国する手間やコストを減らせます

特に、海外在住の子供が相続人となる場合、他の兄弟姉妹などと直接顔を合わせて協議するのが難しいケースもあるでしょう。遺言書があれば余計な交渉をせずに済み、相続手続きを速やかに進められます。また、親が遺言で遺言執行者(亡くなった人の遺言に書かれた内容を実際に実行する役割を担う人のこと)を指定しておけば、その執行者が中心となって名義変更や財産分配の実務を行ってくれます。遺言執行者は信頼できる親族でも良いですし、司法書士や弁護士などの専門家に依頼することも可能です。海外在住の子供に代わって遺言執行者が動いてくれるため、負担が軽減されます。

さらに、親の意思を明確に残せる点も遺言書の重要なメリットです。例えば「長年海外から仕送りをしてくれた長男に多めの財産を譲りたい」「介護を担ってくれた娘に自宅を相続させたい」といった希望を形にできます。家族が納得しやすい内容の遺言を残しておけば、揉めごとの防止につながるでしょう。

6-2. 遺言書と家族信託を併用する方法

家族信託を活用している場合でも、遺言書との併用は有効です。信託契約によって信託財産の死後の承継先が定められている場合、その財産については遺言と同様の効力を果たします(いわゆる「遺言代用信託」)。しかし、信託に組み入れていない財産や、信託設定後に新たに取得した財産などは遺言書が無ければ承継先を指定できません。

例えば、自宅不動産とメインの預金は家族信託に入れて長男に承継させると契約していたが、親の死後に判明した株式や別の口座が信託されていなかった、といった場合です。このような漏れがあっても、遺言書で包括的に長男を遺産の受取人に指定しておけば、信託外の財産もスムーズに長男名義に移せます。また、家族信託で信託財産の承継先を決定した場合、後から承継先を変更することは困難ですが、遺言書の場合、相続人全員の合意があれば承継先を変更することも可能です。

併用にあたって注意すべきは、信託と遺言の内容の整合性です。遺言よりも信託の方が優先されますが、信託契約と矛盾する遺言を書いてしまうと法的解釈が複雑になる恐れがあります。一般的には、信託契約で指定した信託財産については遺言では触れず、その他の財産処分を遺言で補完する形を取ると良いでしょう。「信託財産以外のすべての財産を〇〇に相続させる」といった包括的な記載にしておけば、二重の指定を避けられます。

家族信託と遺言書を適切に使い分け、併用することで、生前から死後まで切れ目のない財産管理・承継対策が可能となります。海外在住の子供にとっても、遺言があることで日本での相続手続きがシンプルになり安心です。

7. 死後事務委任契約とは?家族信託と遺言書の足りない部分を補完

親が亡くなった後には相続手続きだけでなく、葬儀や役所への届出、遺品整理など様々な事務が発生します。海外在住の子供にとって、突然そうした「死後事務」を行うのは時間的・物理的に困難が伴います。そこで有効なのが死後事務委任契約の活用です。

死後事務委任契約とは、本人(親)が生前に、亡くなった後の諸手続きを代行してもらうよう第三者に依頼しておく契約です​。委任を受けた第三者(受任者)は、親の死後に遺族に代わって契約で定めた事務を遂行します。死後事務の範囲は契約内容によりますが、一般的には次のような事項をカバーできます​。

葬儀・埋葬の手配:葬儀社との打ち合わせ、火葬や納骨の手続き、墓じまい・永代供養の手配など。

行政手続き:死亡届の提出、年金受給停止の届け出、健康保険や介護保険の資格喪失手続きなど役所対応全般。

住居の整理:賃貸住宅の契約解除と明け渡し、持ち家の場合は郵便物の転送や電気・ガス・水道の解約、家財道具や遺品の整理・処分。

財産の整理:銀行口座やクレジットカードの解約手続き、公共料金の精算、医療費・介護施設利用料の支払い清算など(※財産の相続は遺言書などで行う)。

関係者への連絡:親族や知人への訃報連絡、必要に応じて勤務先や保険会社への通知。

その他:ペットの引き取り先手配・世話、インターネット上のSNSやメールアカウントの解約・削除など、本人の希望に応じた内容。

この契約を結んでおけば、たとえ子供が海外からすぐ帰国できない状況でも、受任者が滞りなく葬儀、火葬、死後の様々な事務を進めてくれるため安心です。受任者として多いのは、信頼できる専門家(司法書士や弁護士)や、民間の葬送支援サービス業者などです。遠方に住む親族に依頼するケースもあります。報酬は内容に応じて発生しますが、「誰にも迷惑をかけたくない」という思いの強い親が生前に契約を結ぶことが増えています。

海外在住の子供にとっても、死後事務委任契約があれば精神的な負担が軽減されます。突然の訃報に駆けつけられなくても、プロに任せておけば葬儀や役所対応は進みますし、帰国できるタイミングでゆっくり故人とお別れすることも可能です。ただし、この契約はあくまで死後の雑事処理が目的であり、財産の相続手続きを代行するものではありません。資産の分配は遺言書や信託、相続人間の協議に委ねられます。その点も踏まえ、遺言書作成や家族信託とセットで死後事務委任契約を検討すると良いでしょう

8. 【チェックリスト】海外在住の子が親の終活で確認すべき項目

親御さんが日本、子どもが海外在住というご家庭で終活を進める際に、特に確認・準備しておきたい項目をチェックリストにまとめました。以下の表を参考に、必要な手続きを洗い出してみましょう。(※「✔」欄にチェックを入れてご活用ください)

項目 内容 備考
✔ 受託者の選定 家族信託の受託者を誰にするか決める。海外在住の子に任せる場合、銀行口座開設や管理能力に問題がないか検証する。代替案(国内在住の親族など)も検討。 子が海外の場合は配偶者や他の親族を代役に立てる案も
✔ 信託契約の内容設計 信託財産の範囲と管理方法、信託の目的(例:介護費用確保)、受益者(通常は親本人)、死亡時の残余財産の帰属先(誰に承継させるか)などを決める。 受託者の権限や二次受益者の指定など柔軟に定められる
✔ 信託口座の確保 受託者名義で利用できる国内銀行口座を用意する。既存口座の活用可否を確認する。 非居住者の新規口座開設は非常に困難
✔ 不動産登記と税務対応 信託不動産の登記手続きに必要な書類(在留証明書等)を準備する。固定資産税等の納税管理人を届け出し、火災保険の名義変更手続きを行う。 納税管理人の未届出に注意
✔ 証券・金融資産の取り扱い 上場株式や投資信託を信託に含めるか方針決定。含めない場合は認知症対策や相続対策を別途検討(任意後見契約で管理権限付与、遺言で承継指定など)。 非居住者への株式信託は極めて難しい
✔ 任意後見契約の締結 将来に備え、親と受任者との間で任意後見契約を結ぶ。受託者と後見人は別人が望ましい。契約内容に身上監護や信託財産対応の権限を明記する。 契約は公正証書で締結。発効時に裁判所が監督人選任
✔ 遺言書の作成 信託外の財産や最終的な遺産配分について、親の遺言書を作成しておく。必要に応じて信託と重複しないよう内容を調整し、専門家などを遺言執行者に指定。 信託財産は遺言の対象外。信託外資産を遺言でカバー
✔ 死後事務委任契約の準備 親の死亡後の手続きを代行してくれる人を決め、生前に契約を交わす。葬儀・役所届出・支払いなど希望内容を盛り込み、必要資金も手当てしておく。 遠方の子に代わり専門家等が初動対応でき安心
✔ 情報整理と共有 親御さんの財産目録や重要書類(預貯金通帳、不動産権利証、保険証券等)、連絡先リスト(親族・知人・専門家)を整理。子ども含む関係者と共有しておく。 エンディングノート等を活用して見える化
✔ 家族間の話し合い 家族信託や各種契約について、親子間および兄弟姉妹間で事前に話し合い共通認識を持つ。特に他の相続人がいる場合、後日の紛争を避けるため十分な説明を。 必要なら専門家同席で説明会を実施
✔ 専門家への相談 上記手続きを進めるにあたり、信託や相続に強い司法書士・弁護士等に相談する。海外在住者絡みの実績がある事務所だとなお安心。 オンライン相談を活用し距離のハンデを解消

ご家族の状況によって他にも確認すべき事項はありますが、おおむね以上が重要チェックポイントとなります。特に財産管理(家族信託)・身上保護(任意後見)・財産承継(遺言)・死後対応(死後事務委任)の四つは、可能であれば全て検討しておくと万全です。それぞれ専門知識が要求される分野ですので、無理にご自身だけで抱え込まず、信頼できる専門家に積極的に相談しましょう。

9. 【事例紹介】海外在住の子供と家族信託・遺言書の事例

最後に、弊社で実際にあった事例を二つご紹介します。どちらも「親が日本、子が海外在住」のケースで、生前対策(家族信託や遺言)によって問題を解決したものです。親子関係、抱えていた問題、講じた対策、その成果を順に見ていきましょう。自身の状況に近いケースがあれば、ぜひ参考にしてください。

ケース1:海外在住の息子の代わりに娘婿を受託者にした家族信託

親子関係・財産状況: 依頼者Aさん(委託者・受益者、80代男性)には息子Bさん(50代)が一人います。Bさんは海外赴任中で日本に不在。Aさんは日本に自宅のほか賃貸アパート1棟を所有し、高齢に伴う財産管理の不安から認知症対策を検討していました。

問題: 家族信託により息子Bさんに財産を託そうと考えましたが、Bさんが海外在住であるため信託口座の開設や不動産管理に支障が出る懸念がありました。特に賃貸アパートの管理は遠隔地では困難で、家賃収受や建物管理を誰が行うかが課題でした。また、Bさん本人も仕事の都合ですぐ帰国できない状況で、日本国内での諸手続きをスムーズにこなせるか不安がありました。

対策: 弊社との複数回の打ち合わせの結果、受託者を息子Bさんの妻Cさんに変更することにしました。Cさん(Bさんの配偶者)は日本在住で事情も理解しており、信託手続きに協力的だったためです。信託契約は公正証書で作成し、Aさんを委託者・受益者、Cさんを受託者として、自宅不動産と預貯金を信託財産に設定しました。賃貸アパートについては、引き続きAさん自身が大家収入を得る形とし(信託財産から除外)、認知症発症リスクに備えて任意後見契約も併用しています。任意後見契約では、万一Aさんの判断能力が低下した際に弊社が後見人となり、賃貸物件の管理やAさんの身上監護を行う内容としました。また、不動産登記などの諸手続きは弊社が代行し、Aさん・Cさんの負担を最小限に抑えました。

成果: 受託者を国内在住のCさんにしたことで、信託口口座の開設もスムーズに実現し(Cさん名義の既存口座を活用)、将来Aさんが認知症になっても自宅や預貯金を代理管理できる体制が整いました。賃貸アパートに関しても、引き続きAさんがオーナー収入を得つつ、いざというときは後見人(弊社)が管理を引き継げる段取りができています。結果として、Aさんは安心して資産を託し終活を完了することができ、息子Bさんも「自分が直接受託者にならなくても円滑に対策できた」と安堵されました。家族内の合意形成もうまくいき、Cさんも「義父の力になれて嬉しい」と快く引き受けています。この事例は、海外在住の推定相続人に固執せず柔軟に受託者を選ぶことで、家族信託を円滑に機能させた成功例と言えるでしょう。

ケース2:海外在住の息子がいる親が遺言と専門家サポートで相続準備を万全にした例

親子関係・家族構成: Dさん(70代女性)は夫と二人暮らし。二人の子がおり、長女Eさん(40代)は日本国内で家庭を持ち近居していますが、長男Fさん(30代)は数年前から海外に移住し連絡が途絶えがちです。Dさん夫妻は将来の相続にあたり、海外在住のFさんと日本にいるEさんの間で揉め事なく手続きを終えたいと願っていました。

問題: 仮に遺言が無いまま相続が発生すると、法定相続人であるEさんとFさんの間で遺産分割協議が必要になります。しかしFさんは長らく帰国しておらず、意見の食い違いから兄妹の交流も薄くなっていました。海外在住のFさんとは連絡すら取りづらい状況で、円滑な協議や手続きは困難が予想されます。さらにDさん夫妻としては、「日頃から世話をしてくれているEに自宅を譲りたい」という希望があり、法定相続割合(各1/2ずつ)そのままでは思い通りにならない懸念がありました。

対策: 夫婦それぞれについて公正証書遺言を作成することにしました。内容は、自宅の土地建物は長女Eさんに相続させること、預貯金等の金融資産は長女Eさんと長男Fさんで1/3対2/3の割合で分けること、というものです。法定相続分ではなく、日頃の感謝を込めてEさんに多めの取り分となるよう調整しました。また手続き面の配慮として、遺言執行者に弊社を指定し、相続発生後は弊社が中心となって名義変更や資産整理を進める体制を作りました。さらに、遺言書の付言事項欄に「遠方に住むFさんには直接世話になれなかったが大切な子であり、預貯金の大部分を渡したい」「Eさんには生前の感謝を込めて自宅を託す」等の両親の真意を記載し、加えてFさん宛てに直筆の手紙を用意して遺言書と一緒に保管しておくことにしました。これにより、Fさんに対しても気持ちを伝え、分割内容への理解を得やすくする狙いがあります。なお、Dさん夫妻は信託は利用しませんでした。財産のほとんどが自宅と預貯金であり、現時点で管理に支障もなかったためです(認知症対策については、Eさんが後見人候補者となる任意後見契約を念のため結んでいます)。

成果: 遺言書を整えたことで、両親の意思に沿った明確な相続方針が固まりました。これにより長女Eさんは「将来、弟Fとの協議を心配せずに済む」と大変安心されました。ご両親亡き後は遺言執行者である弊社が迅速に動き、Fさんともメールで連絡を取りながら、必要書類の取り寄せから遺産配分までスムーズに完了したそうです。Fさんも事前に送られていた両親からの手紙を読み、遺産配分に納得して手続きを受け入れたとのことです。結果的に、Eさんは自宅不動産を相続し、Fさんも遺言の指定通り預金の持分を受け取ることができ、兄妹間の争いは起こりませんでした。「遺言書と事前のコミュニケーションが奏功した理想的なケース」で、特に海外在住の相続人がいる場合は遺言書と遺言執行者の指定が有効であることを示す事例となりました。

まとめ 

親が日本、子どもが海外にいるご家庭の終活について、家族信託を中心に幅広く解説してきました。重要なポイントを改めて振り返ってみましょう。

①海外在住の子どもを受託者にした家族信託は可能だが制約も多い。 銀行・証券口座、不動産管理など実務上の課題に対処する必要がある。無理がある場合は受託者の再検討も視野に。
②資産別の注意点を把握しておく。 預貯金は非居住者の口座問題、不動産は管理方法と税務手続き、株式・投資信託は口座開設不可のため代替策検討が必要。
③任意後見制度や遺言書と組み合わせて万全の備えを。 家族信託だけでなく、任意後見契約で生活面の支援体制を敷き、遺言書で信託外資産の承継先を指定することで死角のない対策に。
➃死後事務委任契約で「その後」の安心も確保。 子どもが遠方でも、葬儀や役所手続き等を第三者に任せる契約を用意すれば万一の際の不安が和らぐ。
⑤専門家のサポートを積極的に活用する。 オンライン相談など、司法書士・弁護士は国際的な状況にも対応してくれる。早めに相談して計画を練ろう。

 

海外在住のお子さんを交えた終活・財産承継対策は、一見ハードルが高く感じられるかもしれません。しかし、本コラムで述べたように事前にしっかりと準備さえしておけば、距離の壁を越えて円満に資産を引き継ぐことは十分可能です。ポイントは「早めの着手」と「専門家との連携」に尽きます。認知症や相続は待ってくれませんので、少しでも不安に感じたらすぐに行動しましょう。最近はオンラインで相談対応してくれる事務所も多く、海外からでも日本の司法書士・弁護士に気軽にアクセスできます。

弊社は、家族信託や遺言・後見手続きの実務を通じて日々ご家族の不安と向き合っています。「親が遠く離れていて何もできないのでは」と心配になるお気持ちはよく分かります。しかし、どうか一人で抱え込まずにご相談ください。法律と実務のプロがチームとなってサポートすれば、たとえお子さんが海外にいても適切な終活対策は必ず見つかります。大切なのは親御さん本人の想いと、お子さんをはじめ家族の想いをしっかり汲み取り、それを形にすることです。家族の状況に合わせたオーダーメイドの信託契約や契約書類の準備で、将来の不安を安心に変えていきましょう。この記事がお読みいただいた皆様の一助となり、親御さんとお子さん双方が笑顔でこれからを迎えられるよう、心より願っております。

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