相続によって不動産を取得した後にしなければならないのが、「相続登記」(不動産の名義変更)です。
いざ、相続登記の手続きをしようとしてみたは良いけれど、忙しいので誰かにお願いしたい!と思う人も多いのではないでしょうか。
そんなときに必要になる書類が「委任状」です。委任状とは、第三者に何らかの事務を依頼するときに必要となる書類です。相続登記を第三者にお願いするときは、委任状を作成して法務局に提出する必要があります。
相続登記の委任状には法律上必ず記載しなければならないことがあります。委任状に不備がある場合には法務局で相続登記の手続きを行うことができません。
また、第三者が相続登記を行う場合であっても、委任状が不要となるケースもあります。
本コラムでは、相続登記専門の司法書士が委任状の要否や、記載方法などを詳しく説明致します。
また、委任状のひな形はダウンロードできるようになっておりますので、是非ご活用ください。
それでは、説明を開始していきましょう。
目次
1 委任状が必要な場合・不要な場合
【委任状の要否】
委任状とは、第三者に手続きを依頼した事実を証明する書面です。
相続登記申請の手続きにおいて、委任状が必要になる場合とは、不動産を相続した人が第三者(任意代理人)に登記申請手続きを依頼した場合ということになります。
しかし、上記の表にもあるように、第三者が登記申請する場合であっても委任状が不要な場合もあります。
では、それぞれのケースごとに確認していきましょう。
◆ 自分で申請をする場合 → 委任状は不要
<ケース1> 遺産分割協議による相続で単独で取得した場合 → 委任状不要
ケース1は、父親が亡くなり、相続人3名で父親の財産をどのように相続するか話し合い(遺産分割協議)、その結果不動産については長男が単独で取得することになった場合です。
この場合、長男が自ら登記申請書に押印をして登記申請を行うことになりますので、委任状は不要です。
<ケース2> 法定相続分で相続をする場合 → 委任状不要
ケース2では、父親が亡くなり、相続人3人が「法定相続分」の割合で不動産を相続することになった場合です。法定相続分とは民法に定められた相続割合のことです。法定相続分で相続する場合には、遺産分割協議は不要です。法定相続分の詳細については、下記の「プラスワン・アドバイス」をご覧ください。
相続登記を申請する際は、登記名義人となる相続人がそれぞれ登記申請書に押印し登記申請を行うのが原則です。つまり、妻、長男、長女がそれぞれが登記申請人となるのが原則ということです。
しかし、法定相続分の割合で相続登記を申請する場合には、相続人のうち1人が他の相続人の分も含めて単独で登記申請を行うことができます。他の相続人の同意は不要です。このケースでは、例えば「長男だけ」で登記申請を行うことが可能ということになります。もちろん、登記申請を行った相続人の持分だけでなく、他の相続人の持分についても登記申請を行うことが可能です。
この場合、他の相続人から相続登記を申請する相続人への委任状は不要です。
法定相続分による登記は、不動産の遺産分割協議がなかなか整わない場合などに暫定的に利用されることがあります。
ただし、相続人の1人によって行う法定相続分の登記には1点注意点があります。それは登記申請人とならなかった登記名義人(長男が単独で登記申請した場合の妻と長女)には「登記識別情報通知」が発行されないということです。
登記識別情報通知とは、一昔前の「権利証」と同義のもので、法務局から不動産の所有者となった人に発行される所有者であることを証明する書類です。登記識別情報通知は、不動産を売却する際や不動産を担保に融資を受けたりする際に必要となる書類です。登記識別情報通知がない場合には、司法書士による本人確認情報の作成が必要となるなど、後ほど手間やコストがかかってしまいます。
【登記識別情報通知の見本】
法定相続分の割合とは?
法定相続分の割合は、法定相続人の順位によって異なります。配偶者がいる場合には配偶者は常に相続人となります。
それぞれの場合の割合は、下記の表のとおりです。また、同順位の法定相続人が複数いる場合は、その人数で均等に分けます。
また、半血の兄弟姉妹(父母どちらか一方のみを同じくする兄弟。いわゆる異母兄弟・異父兄弟 )の相続分は父母の双方を同じくする兄弟姉妹の2分の1となります。
【法定相続人と法定相続分】
◆ 法定代理人・特別代理人が申請する場合 → 委任状は不要
下記のケース3・ケース4のように、相続人の1人が認知症を発症してしまったり、未成年者であったりした場合、このままでは「遺産分割協議」を行うことができません。なぜなら、認知症を発症してしまった方や未成年者は十分な判断能力がないとされるため、遺産分割協議を有効に行うことができないからです。仮に遺産分割協議を行ったとしても、遺産分割協議は法律上「無効」となってしまいます。
このような時に、認知症を発症してしまった相続人や未成年者の代わりに遺産分割協議に参加する人のことを、「法定代理人」や「特別代理人」と言います。
<ケース3> 法定代理人が申請する場合 → 委任状不要
ケース3では、法定相続人である妻・長男・長女で遺産分割協議を行う必要がありますが、妻は認知症であるためこのままでは遺産分割協議をすることができません。この場合、家庭裁判所に成年後見の申立を行い、妻の成年後見人を選任してもらう必要があります。遺産分割協議には妻の代わりに成年後見人が参加することになります。成年後見人には家族が選任されることもあれば、司法書士や弁護士などの専門家が選任されることもあります。
そして、成年後見人の職務は後見人の利益を保護することにありますから、原則として成年被後見人の法定相続分を遺産分割において確保する必要があります。
したがって、ケース3では、法定相続分である2分の1以上を妻は原則として相続しなければならないということになります。仮に妻の判断能力に問題がない場合には、相続しないまたはもっと少ない割合で相続するという選択が可能ですが、成年後見制度を利用した場合にはそうはいきません。
このケースでは協議の結果、妻が2分の1(法定相続分)、長男が2分の1の割合で不動産を取得することになりました。
この場合、妻の法定代理人である成年後見人と、長男が相続登記を申請することになります。
しかし、成年後見人は妻(=成年被後見人)の代わりに登記申請を行う立場ですが、成年後見人は成年被後見人の代理をする権利をすでに家庭裁判所から与えられている立場のため、妻から成年後見人への委任状は不要(そもそも、判断能力を失っている成年被後見人は、「委任をする」という行為そのものができません )です。登記申請の際、成年後見人は、委任状の代わりに「登記事項証明書」という法務局から発行される後見人であることの証明書を提出する必要があります。
成年後見人のように、法律により代理権を有することを定められた人のことを「法定代理人」と呼びます。
<ケース4> 特別代理人が申請する場合 → 委任状不要
ケース4ではケース3と同様、このままでは遺産分割を進めていくことができません。なぜなら、長女は未成年者であり、法律上遺産分割協議をすることができないからです。
そして、このような場合、未成年者に代わって親(親権者)が行うことが一般的ですが、ケース4では親権者である母親もまた相続人のひとりであるため、長女の代わりに遺産分割協議に参加することができません。母親も長女も財産をもらう立場としては同じであり、双方の利益がぶつかり合ってしまうからです。このような状態を「利益相反」といいます。
利益相反となった場合、遺産分割協議の前に未成年者である長女の代わりを務める「特別代理人」を家庭裁判所に選任してもらう必要があります。特別代理人には特に資格は必要ありません。相続人ではない成人の方であれば誰でもなることができます。弁護士や司法書士などの専門家に依頼することも可能です。
そして、ケース3の成年後見人と同様、特別代理人の職務は、未成年者の利益を保護することですから、原則として遺産分割協議において未成年者の法定相続分を確保する必要があります。
このケースでは、協議の結果、妻が4分の3、長女が4分の1(=法定相続分)の割合で、不動産を取得することになりました。
この場合、妻と長女の特別代理人が相続登記の申請を行います。
しかし、特別代理人は長女(=未成年者)の代わりに登記申請を行う立場ですが、特別代理人は未成年者の代理をする権利をすでに裁判所から与えられている立場のため、長女から特別代理人への委任状は不要です。登記申請の際、特別代理人は、委任状の代わりに「選任審判書」という家庭裁判所から発行される特別代理人であることを証する書面を法務局に提出することになります。
◆ 任意代理人が申請する場合 → 委任状は必要
<ケース5> 任意代理人が申請する場合 → 委任状必要
ケース5は、遺産分割協議を経て長男が不動産を単独で取得するところまではケース1と同様です。
両ケースの違いは、相続登記の手続きを自分で行うか、第三者に依頼をするかという点です。
登記手続きを第三者に依頼する場合、依頼を受けた第三者を「任意代理人」といいます。依頼を受けた任意代理人は、相続人に代わって登記申請を行うことができます。
任意代理人が、確かに不動産を取得した相続人から依頼を受けているということを示す書面が「委任状」です。委任状を法務局に提出することによって、委任の事実(登記申請の依頼を受けているという事実)を証明することになります。
このように、登記手続きを第三者に依頼する場合には、「委任状」が必ず必要となります。
2 委任状を作成するために4つのステップ
それでは、次に実際に委任状の作成方法について解説していきましょう。具体的な作成方法に入る前にまずは完成形を確認してみましょう。
【相続登記の委任状の例】
委任状の作成には4つのステップがあります。順番にみていきましょう。
なお、相続登記を司法書士に依頼する場合には、委任状は司法書士が作成することになりますので自分で作成する必要はありません。
下記に委任状の雛形をアップロードしておきますので、ダウンロードし是非ご活用ください。
ステップ1 誰に依頼するかを記載する
まずはじめに、上記の図のように相続登記を依頼する第三者の住所・氏名を記載しましょう。
ステップ2 依頼内容を記載する
次に、委任する内容を箇条書きで記します。
① 年 月 日相続による下記不動産の所有権移転登記申請に関する一切の件
「年月日」は不動産の所有者が死亡した日付を記載します。
また、亡くなった不動産所有者が、不動産を1人で所有していたか、誰かと共有していたかによって、記載方法が異なります。具体的には次のように記載します。
◎ 1人で所有していた場合:「所有権移転登記申請」
◎ 共有していた場合:「A持分全部移転登記申請」
②原本還付請求ならびに受領に関する一切の件
相続登記を申請をする際は、今回の申請内容が正しいものであることを証明するために様々な添付書面を法務局に提出しなければなりません。例えば、次のようなものがあります。
・戸籍謄本
・住民票や戸籍の附票などの住所証明書
・遺産分割協議書
・印鑑証明書
・不動産の価額を示す評価証明書 など
このような添付書面は、金融機関の相続手続や相続税の申告などでも必要となるものなので、法務局から原本を還付してもらうことが一般的です。そのためには②の記載事項が必要となります。
③復代理人選任の件
相続登記の申請手続きを委任された人が、さらに別の人(復代理人)に手続きを委任するための項目です。例えば、代理人が何らかの理由で他の人に手続きの一部をお願いしたいというような場合に便利な項目です。復代理人に選任された人は、元の代理人と同じ権限があります。
この記載によって全く知らない人に手続きが代行されてしまう可能性もありますし、また、相続登記の申請はとても重要な書類を代理人に預ける必要がありますので、③の記載を入れるかどうかは慎重に判断しましょう。
④登記識別情報の受領に関する一切の件
前述のとおり、相続登記によって新たに不動産の所有者となった人には、登記完了後、法務局から「登記識別情報通知」が発行されることになります。登記識別情報通知の受領も代理人に依頼する場合には、④の記載を入れます。
⑤登記に係る登録免許税の還付請求及び還付金の受領に関する一切の件
相続登記の申請を行う際は、申請と同時に「登録免許税」という税金を納めます。
しかし、登記申請を途中で取り下げたり、金額を誤って多く支払ってしまったりしたような場合には、還付請求という手続きを行うことで納付した登録免許税を返してもらうことができます。
還付請求の手続きや還付された税金の受け取りを代理人に任せる場合には⑤の記載を入れます。
⑥登記申請の取下げ及び補正に関する一切の件
一度申請した登記を取り下げたり、内容の補正(修正)を行うような手続きを代理人に任せる場合には、⑥も記載を入れます。
ステップ3 不動産の所在地を記載する
続けて、「不動産の表示」の部分に相続登記を行う不動産の所在地を記載します。
土地を記載する場合と建物を記載する場合で記載方法が異なります。また、マンションを記載する場合は注意が必要です。
●土地を記載する場合
上記の登記簿謄本の赤く四角で囲ってある部分を抜き出して、次のように記載します。
「特別区南都町一丁目101番 の土地」
他の人と不動産を共有していた場合には、この部分に亡くなった方の持っていた割合(持分)を記載します。
「特別区南都町一丁目101番 の土地 移転する持分 2分の1」
●建物を記載する場合
上記の登記簿謄本の赤く四角で囲ってある部分を抜き出して、次のように記載します。
「特別区南都町一丁目101番地 家屋番号101番 の建物」
●マンションを記載する場合
上記の登記簿謄本の赤く四角で囲ってある部分を抜き出して、次のように記載します。
「特別区南都町一丁目3番地1 家屋番号 特別区南都町一丁目3番1の101 の建物
敷地権の表示
特別区南都町一丁目3番1 宅地 敷地権の種類 所有権 敷地権の割合 4分の1」
ステップ4 委任日・被相続人の氏名・委任者の住所・氏名を記載し押印する
①登記申請手続きを依頼した日付(委任日)を記載
代理人に対して、相続登記の申請手続きを依頼した日付を記載します。
なお、委任日はいつでもOKというわけではありません。遺産分割協議による相続の場合には、遺産分割協議によって不動産の取得者が決定します。そのため、委任日は必ず遺産分割協議書に署名・捺印をした日以降でないといけません。協議より前はまだ相続するということは決まっていないのですから、委任することができないからです。
②被相続人の氏名を記載
亡くなった方の氏名を記載します。
③委任者の住所・氏名を記載し、押印します。
まず、委任をする方の住所と氏名を記載します。自筆でなく、パソコンなどで記載しても問題ありません。
遺産分割協議書への押印は実印でなければなりませんが、登記申請の委任状は認印でも問題ありません。
住所・氏名は自筆で記載することが望ましいとされています(自筆で氏名を記載することを「署名」と言います)。しかし、手に不自由などの理由で自筆が困難な場合もあります。そのような時は、パソコンやゴム印などを用いて住所・氏名を記載することも可能です(パソコン等で氏名を記載することを「記名」と言います)。
委任状の記載を間違えてしまった場合はどうしたらいいの?
委任状の記載を間違えてしまった場合の訂正方法としては、訂正印を用いる方法と捨印を用いる方法があります。
①訂正印
訂正印とは、文書の内容を訂正するために押す印のことをいいます。訂正箇所に名前の横に押印した印鑑と同じ印鑑を押すことによって、自らが訂正したものであることを示すことができます。訂正箇所には二重線を引きます。
②捨印
捨印とは、あらかじめ文書の余白部分に押しておく印をいいます。後々内容に訂正があった際には、捨印を訂正印として利用することができます。文書によっては作成後の訂正が難しい場合もあります。そのような場合には、捨印を利用することでその後の訂正に対応することができます。
捨印を利用して訂正する場合には、捨印の横に二重線で消した文字数と追加した文字数を記載します。訂正箇所には二重線を引きます。
もっとも、捨印を押しておくと委任状の内容を自由に訂正できてしまうので、捨印を押印するかどうか慎重に決めるようにしましょう。
3 まとめ
最後までお読みいただきありがとうございました。
いかがでしたでしょうか。こちらで委任状の作成もご自身でできるのではないでしょうか。
皆様の相続登記が無事に完了することを祈っております。
それでは、最後に本コラムのまとめです。
①委任状が必要な場合と不要な場合がある
自分で申請をする場合 → 委任状は不要
法定代理人・特別代理人が申請する場合 → 委任状は不要
任意代理人が申請する場合 → 委任状は必要
②委任状を作成するためには4つのステップがある
ステップ1 誰に依頼するかを記載する
ステップ2 依頼内容を記載する
ステップ3 不動産の所在地を記載する
ステップ4 委任日・被相続人の氏名・委任者の住所・氏名を記載し押印する
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