
母が亡くなりました。借金があるため相続放棄を予定しています。先日、母の携帯電話の料金の請求書が届きました。高額ではないため支払ってしまおうかと思うのですが、相続放棄の手続きに影響はあるでしょうか?
お母様の遺産から支払ってしまうと相続放棄ができなくなってしまう可能性があります。
ご家族が亡くなったあとに、亡くなった方名義で請求書が届くことはよくあります。携帯料金やクレジットカード、公共料金などの請求書が典型例です。ご家族としては、迷惑をかけたくないという気持ちから、高額でなければ支払ってしまおうと思うことも多いでしょう。
しかし、相続放棄をするならば要注意です。安易に支払ってしまうと、相続放棄ができなくなる可能性があるのです。
本コラムでは、相続放棄をする予定がある場合、携帯料金の請求に対してどのように対処すれば良いかをお伝えします。
目次
1 故人の財産から携帯料金を支払うのはNG
亡くなった方(=被相続人)名義の携帯料金の請求書が届いた場合、とにかく早く支払わなければと焦ってしまうかもしれません。
しかし、これから相続放棄をする予定がある場合には、「法定単純承認」に当てはまるような行為には注意が必要です。特に、相続財産(遺産)を用いて被相続人の携帯料金を支払うと、法定単純承認に該当し相続放棄が認められなくなってしまう可能性があります。
法定単純承認とは何か
「法定単純承認」とは、一定の行為をした(しなかった)ことにより、相続を「単純承認」したとみなされることを意味します(民法921条)。
単純承認とは、被相続人のプラスの財産(預貯金や不動産などの利益となる財産)も、マイナスの財産(借金などの不利益となる債務)も全て相続することをいいます。
次のいずれかに該当する場合には「法定単純承認」が成立し、自動的に相続を単純承認したものとみなされ、相続放棄ができなくなる可能性があります。
①相続人が相続財産の全部または一部を処分したとき
例:預貯金の解約、不動産の売却、贈与など
②相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に相続放棄をしなかったとき(「熟慮期間」が経過したとき)
③相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、 相続財産の全部もしくは一部を隠匿し、私的に消費し、または悪意で相続財産の目録中に記載しなかったとき
①と③については相続放棄の「前後」どちらで行われても、法定単純承認の効果が発生します。つまり、一度は家庭裁判所が相続放棄が認められても、法定単純承認に当たる行為をすると、相続放棄が無効となってしまう可能性がありますので十分に注意しましょう。
遺産から携帯料金を支払うと、法定単純承認に当たる可能性あり
前述のとおり、相続人が遺産を使ってしまう行為は、原則として法定単純承認事由に該当します。
被相続人の債務を支払う目的であっても同様です。そのため、相続放棄の可能性がある場合には、遺産である現金や預貯金を用いて被相続人の携帯料金を支払うことは控えた方がよいでしょう。
なお、弁済期(支払期限)が到来している被相続人の債務である場合、遺産を用いて弁済することは「保存行為」に該当すると判断した裁判例があります(東京地裁平成27年3月30日判決)。
保存行為には例外的に法定単純承認が成立しないため、この裁判例の見解によれば、遺産を用いて被相続人の携帯料金を支払ってもよいことになります。
ただし、最高裁判例によって確立したものではなく、見解が分かれている論点ですので、安全を期すために遺産を用いた携帯料金の支払いは避けた方が無難といえるでしょう。
2 相続人の財産から携帯料金を支払うのはOK
被相続人の携帯料金の支払いが法定単純承認事由に該当するのは、あくまでも故人が残した「遺産」を用いて支払いを行う場合です。
遺産ではなく、相続人が自分のお金を使って携帯料金を支払う場合には、法定単純承認は成立しません。そのため、どうしても携帯料金の支払いが必要ならば、遺産には手を付けずに相続人自身の財産から支払いを行いましょう。
なお、相続放棄をした場合には、被相続人の債務を一切相続しませんので、携帯料金を代わりに支払う法的な義務はありません。
3 携帯電話の「解約」は法定単純承認に当たる可能性は低い
故人名義の携帯電話を「解約」することに問題はないのでしょうか。
相続放棄を予定している場合、携帯電話の解約が法定単純承認に当たるかどうかが気になるところです。
この点、故人の携帯電話の解約が法定単純承認事由に該当する可能性は低いと考えられています。携帯電話に関する回線契約上の地位そのものに経済的価値はなく、解約しても「相続財産の全部または一部を処分した」とは評価できないと考えられるからです。
しかし、判例によって確立した見解があるわけではないため、相続放棄を予定している場合には、故人名義の携帯電話の解約は避けた方が安全といえるでしょう。
携帯料金の滞納が続いたとしても、相続放棄をすればそもそも相続人に料金を支払う義務はなくなりますので、解約せずに放置したとしても法的に問題はありません。
4 携帯電話の「名義変更」は法定単純承認に当たる可能性が高い
故人の携帯電話やスマートフォンの端末を相続人が利用するために、故人の携帯電話の回線契約を相続人の名義に変更することがあります。
しかし、相続放棄を予定している場合には、故人の携帯電話に関する回線契約の名義変更は避けるべきです。
回線契約の名義変更に伴い、被相続人が所有していた携帯電話・スマートフォン端末は、名義変更後の相続人が利用を続けることになります。
この場合、相続人が被相続人所有の端末を自分のものにした(=処分した)と評価される可能性があります。特に携帯電話端末が新品に近い場合や、購入価格が高額の場合には、資産価値のある相続財産を処分したとして、法定単純承認が成立する可能性が高いと考えられます。
これに対して、携帯電話端末が古いもので、全く価値がない場合には、相続財産の処分に該当しないと判断されることがあるかもしれません。しかし、判例によって確立した取扱いではない点に注意が必要です。
したがって、携帯電話端末の価値にかかわらず、相続放棄の可能性がある場合には、被相続人の携帯電話の名義変更は避けた方が無難といえるでしょう。
5 まとめ
最後までご覧いただき誠にありがとうございます。いかがでしたでしょうか。
本コラムが相続放棄を検討している方のお役に立てば幸いです。
それでは、最後にまとめを確認しましょう。
・相続放棄をする予定があるなら、故人が利用していた携帯電話の料金を「遺産」の中から支払ってはいけない(法定単純承認が成立し、相続放棄が認められなくなる可能性があるため)。
・どうしても支払いが必要であれば、相続人自身のお金で支払うことは問題なし。
・故人名義の携帯電話の回線契約について、解約や名義変更を行うことは相続放棄を予定している場合には控えるのが安全。
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