父が借金を残して亡くなったため、相続放棄をする予定です。父名義の先祖代々のお墓もあるのですが、相続放棄をするとお墓も放棄することができるのでしょうか。遠方で管理も難しいため、放棄できるならばそうしたいと考えています。
お墓は相続財産に当たらないため、相続放棄の手続きだけでは手放すことはできません。
自宅から遠方にあるお墓の管理に困っている方は多くいらっしゃるでしょう。相続放棄をすることで、お墓の承継をしないで済むのであれば助かると考える方も少なくありません。
結論から申し上げると、相続放棄をしてもお墓を放棄することはできません。仏壇についても同様です。本コラムでは、相続放棄とお墓の承継や管理、対処法などについて解説いたします。
目次
1 相続放棄をしてもお墓や仏壇は放棄できない
相続放棄をすると、はじめから相続人でなかったことになりますので、プラスの財産もマイナスの財産も一切承継することはありません。
それにもかかわらず、相続放棄をしてもお墓や仏壇を放棄することができない(=引き継ぐことになってしまう)のはどうしてなのでしょうか。
1-1 お墓や仏壇は相続財産ではない
【相続財産と祭祀財産】
法律上、「相続人は被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」とされていますが(民法896条)、ここでいう財産は「相続財産」をいいます。お墓や仏壇は、相続財産ではなく、「祭祀財産」とされており、相続財産には含まれません。
そのため、相続放棄をしたとしても、祭祀財産であるお墓や仏壇を放棄することにはなりません。
1-2 祭祀財産とは
祭祀財産とは、神仏や先祖を祀るために用いる財産の総称です。民法(897条1項)では、系譜、祭具、墳墓の3種類が掲げられています。
①系譜
先祖から子孫へと続く血縁関係のつながりが記載されたもののことです。家系図や家計譜が典型例ですが、冊子や巻物、掛け軸などもあります。
②祭具
祭祀や礼拝の際に用いる器具のことです。多くの家にある仏壇、神棚、位牌などが典型例です。仏像や十字架、霊位、さらにはお盆の時期に用いる盆提灯なども祭具に含まれます。
③墳墓
故人の遺体や遺骨が葬られている設備のことで、簡単にいうとお墓のことです。墓石や墓碑、霊屋、埋棺などの他、墓地の所有権や利用権も墳墓に含まれます。
2 祭祀財産はどのように承継されるのか
祭祀財産は相続財産ではありませんので、相続人が遺産分割によって取得するわけではありません。下記の方法によって決まる「祭祀承継者」といわれる人が承継し管理していくことになります。
裏を返せば、相続放棄をしても、祭祀承継者であればお墓や仏壇を承継することになります。
2-1 祭祀承継者とは
祭祀承継者とは、代々受け継がれている祭祀財産を引き継いで管理し、先祖の墓参りや法事などの祭祀を主宰する人のことをいいます。
墓地の管理費用や永代供養の費用、僧侶へのお布施、法要にかかる費用などは祭祀承継者が負担します。祭祀財産承継者は経済的な負担を負うことになりますが、他の相続人や親族に対して費用の分担を請求する権利はありません。
また、相続財産の承継と祭祀財産の承継は別の制度なので、相続において祭祀承継者が当然に他の相続人よりも多くの遺産を取得できるわけでもありません。
相続放棄をしたのに祭祀財産を承継した場合は、遺産を全くもらえないのに祭祀の費用を負担していくことになります。
このような負担を負うのであれば祭祀など承継したくないと考える人も多いものですが、祭祀承継者に選ばれた場合は辞退したり、権利を放棄することはできません。遺産相続では相続放棄によって相続人としての地位を放棄する制度がありますが、祭祀承継者としての地位を放棄する制度はないのです。
2-2 祭祀承継者の決定方法
そうだとすると、誰が祭祀承継者になるのかが重要な問題となります。祭祀承継者の決定方法は、民法897条によって以下のように定められています。
【祭祀承継者の決定方法】
①被相続人の指定
被相続人の指定がある場合は、指定された人が祭祀承継者となります。つまり、誰が祭祀承継者となるかについては被相続人の意思が最優先されます。
したがって、遺言書で祭祀承継者が指定されていれば、その指定を争うことはできません。
祭祀承継者の指定は必ずしも遺言書で行う必要はなく、口頭でも可能です。ただ、証拠がなければ相続人や親族の間で争いになる可能性があります。被相続人の指定を証明できない場合は、他の方法で祭祀承継者を決定することになります。
なお、祭祀承継者となる人の資格や条件には制限がないため、相続人や親族以外の人が祭祀承継者となることもできますし、複数の人が祭祀承継者となることも可能です。
②慣習
被相続人による指定がない場合は、「慣習」に従って祭祀承継者を決めます。
慣習とは、社会生活において人々が広く一般的に繰り返し行う習慣的な行動様式が社会規範のようになった状態のことで、簡単にいうと「ならわし」のことです。
以前は、被相続人の配偶者や長男が祭祀承継者となることが慣習として認められていたこともあります。しかし、現代ではこのような慣習を当然のものとして適用することは難しくなっています。
そのため、被相続人の指定がなければ、結局のところ、相続人や親族での話し合いによって、最もふさわしい人を祭祀承継者に選ぶケースが増えています。
③家庭裁判所の審判
被相続人による指定がなく、慣習も明らかでない場合は、「家庭裁判所」が祭祀承継者を決めることとされています。
手続きとしては、相続人などの利害関係人が祭祀承継者指定の調停または審判を求める申し立てを家庭裁判所に行うことになります。
調停で相続人や親族が話し合い、合意できた場合はその合意に従って祭祀承継者が決められます。話し合いがまとまらない場合は、審判手続きに移行し、家庭裁判所が一切の事情を考慮して祭祀承継者を決定します。
決定する際の基準は明確ではありませんが、主に以下の事情を総合的に考慮し、被相続人が生存していればおそらく指定したであろう人が祭祀承継者に指定されます。
・被相続人との身分関係
・被相続人との過去の生活関係や生活感情の緊密度
・祭祀を主宰する意思や能力
・利害関係人の意見
3 祭祀財産を処分することは可能
祭祀承継者に選ばれると、様々な負担がかかります。お墓の管理や法要に費用がかかりますし、お墓に遠方にある場合には管理すること自体も難しいでしょう。
祭祀承継者となることは拒否できませんが、祭祀財産の管理や祭祀をどのように行うかは祭祀承継者の自由に任されています。仮に祭祀を主宰しなかったとしても、法律上の問題はありません。
親族の同意なしに祭祀財産を処分することもできますので、負担が重い場合には「墓じまい」を検討するのもよいでしょう。
ただし、墓じまいには意外に高額の費用がかかることに注意が必要です。墓石の撤去だけでも数十万円がかかります。その他にも、行政手続きや遺骨を別の納骨先に移すために費用がかかるので、総額で数百万円を要することも珍しくありません。
また、勝手に墓じまいをすると親族間のトラブルとなる可能性もあります。
結局は、親族間で費用負担について話し合うか、または祭祀承継者によって無理のない範囲で祭祀財産の管理または処分を検討することが大切になってくるでしょう、
4 まとめ
最後までご覧いただき誠にありがとうございます。いかがでしたでしょうか。
本コラムが相続放棄を検討している方のお役に立てば幸いです。
それでは、本コラムのまとめです。
・お墓は相続財産ではないので、相続放棄をしてもお墓や仏壇の放棄はできない。
・祭祀財産には次の3種類があり、お墓は「墳墓」にあたる。仏壇は「祭具」にあたる。
①系譜
②祭具
③墳墓
・祭祀財産は祭祀承継者が承継し、管理する。
・祭祀承継者は以下の方法で決定する。
①被相続人の指定による
②慣習に従って決める
③家庭裁判所が決める
・祭祀承継者は祭祀財産を処分することもできる。
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