お身内の方が亡くなられたとき、遺された財産に対して、相続人のとりうる選択肢の一つに「相続放棄」があります。
相続放棄は、主に、故人の財産の全体を見たときに、預貯金や不動産などといったプラスの財産よりも、借金などのマイナスの財産が多いと見込まれるときに選ばれる手段です。
原則として「相続があったことを知った日から3カ月以内」に家庭裁判所に対して手続きを行うものです。これによって、相続人は「その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみな」され(民法第939条)、故人が遺したプラスの財産を一切もらうことができなくなる代わりに、本来引き継ぐはずであった借金などのマイナスの財産から免れる、というのが相続放棄の効果です。
それでは、相続人が相続放棄をした場合には、「遺族年金」や「未支給年金」といったものも一切受け取れなくなくなってしまうのでしょうか?
本コラムでは、そもそも遺族年金・未支給年金とはどんなものなのか、相続放棄した場合の遺族年金・未支給年金の受給、その他相続放棄をしても受け取れる財産・受け取れない財産にはそれぞれどのようなものがあるか、などについて詳しく解説してまいります。
▼【1分で分かる】相続放棄をしても遺族年金は受け取れる?
▼【1分で分かる】相続放棄をしても未支給年金は受け取れる?
目次
1 遺族年金とは
遺族年金には「遺族基礎年金」と「遺族厚生年金」の2種類があります。
遺族年金は、亡くなった方の年金の納付状況・遺族年金を受け取る方の年齢・優先順位などのすべての条件を満たしている場合に、受け取ることが可能になります。
1-1 遺族基礎年金とは
遺族基礎年金とは、国民年金の加入者が死亡した場合に、その故人に生計を維持されていた「子のある配偶者」または「子」に支給される年金のことで、前提として子どものいる家庭が対象となっています。詳しく見ていきましょう。
・遺族基礎年金の受給要件
亡くなった方が次の1から4のいずれかの要件を満たしている場合に、遺族基礎年金が支給されます。
- 国民年金の被保険者である間に死亡した ※1
- 国民年金の被保険者であった60歳以上65歳未満で、日本国内に住所を有していた方が死亡した ※1
- 老齢基礎年金の受給権者であった方が死亡した ※2
- 老齢基礎年金の受給資格を満たした方が死亡した ※2
※1 1および2の要件については、保険料納付済期間等が国民年金加入期間の3分の2以上あることが必要です。ただし、死亡日が令和8年3月31日までのときは、死亡した方が65歳未満であれば、死亡日が含まれる月の前々月までの直近1年間に保険料の未納がなければよいとされます。
※2 3および4の要件については、保険料納付済期間等が25年以上ある方に限られます。
・遺族基礎年金の受給対象者
故人に生計を維持されていた「子のある配偶者」または「子」が以下の優先順位で遺族基礎年金を受け取ることができます。
第1順位 子のある配偶者
第2順位 子
ここでいう「子」とは、18歳になった年度の3月31日を経過していない子、または20歳未満で障害年金の障害等級1級または2級の状態にある子をさします。
子のある配偶者が遺族基礎年金を受け取っている間や、子に生計を同じくする父または母がいる間は、子に遺族基礎年金は支給されません。
国民年金は自営業者やフリーターだけでなく、20歳以上60歳未満のすべての国民が加入することになっています。会社員の場合、給与から天引きされる社会保険料には、厚生年金保険料だけでなく国民年金保険料も含まれています。
そのため、会社員だった方が亡くなり、一定要件を満たす場合には、遺族基礎年金と遺族厚生年金の両方がもらえることになります。遺族厚生年金の手続きを行えば、遺族基礎年金と遺族厚生年金は併給されるため、別途遺族基礎年金の手続きを行う必要はありません。
また、遺族基礎年金はそもそも18歳以下の(障害者の場合は20歳未満の)子がいない場合には対象に該当せず、もらうことができませんが、子がおらず遺族基礎年金を受け取れない場合でも、「寡婦年金」や「死亡一時金」を受け取れる場合があります。
1-2 寡婦年金とは
遺族基礎年金の他に、遺された妻を対象とした制度として、寡婦年金(かふねんきん)があります。
国民年金の第1号被保険者としての保険料納付期間等が10年以上ある夫が亡くなったとき、死亡当時その夫に生計を維持されていた、婚姻(事実上の婚姻関係を含む)期間の10年以上ある妻が寡婦年金を受け取ることができます。
受給期間は妻が60歳以上65歳未満の間です。
すでに夫が老齢基礎年金を受け取っている場合、および、妻が老齢基礎年金を繰り上げ受給している場合には支給されません。
1-3 死亡一時金とは
その他、亡くなった方が国民年金の第1号被保険者として36カ月以上保険料を納付し、老齢基礎年金や障害基礎年金を受け取っていない場合には、遺族に死亡一時金が支給されます。対象となるのは、故人と生計を同じくしていた遺族で、以下の優先順位のうち順位の最も高い方が一度だけ受給することができます。
第2順位 子
第3順位 父母
第4順位 孫
第5順位 祖父母
第6順位 兄弟姉妹
死亡一時金の額は、保険料を納めた月数に応じて12万~32万円となります。
遺族年金の支給を受けられ るときは、死亡一時金は支給されません。
また、寡婦年金と死亡一時金は、どちらか一つのみを選択して受け取ります。死亡一時金を受け取る権利は、死亡日の翌日から2年で時効により消滅します。
1-4 遺族厚生年金とは
遺族厚生年金とは、亡くなった方が会社員や公務員などで厚生年金に加入していた場合に、遺族に支給される年金です。
・遺族厚生年金の受給要件
亡くなった方が次の1から5のいずれかの要件を満たしている場合に、遺族に遺族厚生年金が支給されます。
- 厚生年金保険の被保険者である間に死亡した ※1
- 厚生年金の被保険者期間に初診日がある病気やケガが原因で初診日から5年以内に死亡した ※1
- 1級・2級の障害厚生(共済)年金を受け取っている方が死亡した
- 老齢厚生年金の受給権者であった方が死亡した ※2
- 老齢厚生年金の受給資格を満たした方が死亡した ※2
※1 1および2の要件については、保険料納付済期間等が国民年金加入期間の3分の2以上あることが必要です。ただし、死亡日が令和8年3月31日までのときは、死亡した方が65歳未満であれば、死亡日が含まれる月の前々月までの直近1年間に保険料の未納がなければよいとされます。
※2 4および5の要件については、保険料納付済期間等が25年以上ある方に限られます。
・遺族厚生年金の受給対象者
故人に生計を維持されていた遺族で、以下の優先順位のうち最も順位の高い方が受け取ることができます。
第1順位 子のある妻、子のある55歳以上の夫
第2順位 子
第3順位 子のない妻、子のない55歳以上の夫
第4順位 55歳以上の父母
第5順位 孫
第6順位 55歳以上の祖父母
ここでも、子とは、18歳になった年度の3月31日を経過していない子、または20歳未満で障害年金の障害等級1級または2級の状態にある子をいいます。
なお、遺族基礎年金を受給できる遺族は、あわせて受給することができます。
2 相続放棄をしても遺族年金はもらえる
相続放棄をしても遺族年金を受給することができます。
また、逆に、遺族年金を受給した後であっても、相続放棄は問題なくすることができます。
これはなぜでしょうか。
その理由は、遺族年金が「相続財産」には含まれず、相続人の「固有財産」に属するものだとされるからです。年金法は、相続法とは別個の立場からその受給権者と支給方法を定めています。そのため、遺族年金は遺族がその固有の権利に基づいて受給するもので、相続財産には含まれないとされるのです。
また、遺族年金を受給することは、「法定単純承認」(民法921条1号)にはあたらないですので、これから行う相続放棄に影響はありません。さらに、遺族年金を受給しても相続財産を「消費」したことにはなりませんので、すでに行った相続放棄に影響はありません。
—-引用—–
(法定単純承認)
第921条 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第602条 に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
二 相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
三 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。
したがって、すでに相続放棄をした場合でも、また、これから相続放棄をしようとする場合にも、遺族年金を受け取ることができます。
3 未支給年金とは
3-1 未支給年金は必ず発生する
毎月年金をもらっていた方が亡くなった場合に、「その方に支給されるべき年金であって、まだ支給されていないもの」を未支給年金といいます。
年金受給者が亡くなると、必ず未支給年金が発生することになります。なぜこのような事態が起こるのでしょうか。
それは、年金の支払いが基本的に、2か月ごと(偶数月)の後払いによるものだからです。
年金は、偶数月の15日に前月と前々月の分が振り込まれるようになっていますが、例えば、老齢基礎年金を受け取っていた方が11月20日に亡くなった場合、その方が最後に受け取った年金は10月15日に支給された8月分と9月分の年金であったことになります。年金は、その方が亡くなった月(この場合は11月)の分まで支給されることになっているため、この場合であれば、10月と11月の分が未支給年金となります。
このように、年金受給者がいつ亡くなったかにかかわらず、必ず未支給年金が発生する仕組みになっているのです。
3-2 誰が未支給年金を受け取れるのか
未支給年金の受給者となるには、年金受給者と「生計を同じくしていた」人で、かつ、以下の通りの優先順位があります。同順位の人が複数名いる場合には、そのうちの1人が代表して受け取ります。
第2順位 子
第3順位 父母
第4順位 孫
第5順位 祖父母
第6順位 兄弟姉妹
第7順位 その他これら以外の3親等内の親族
4 相続放棄をしても未支給年金はもらえる
遺族年金の他、相続放棄との関連で受け取ってよいかどうかを迷われる方が多くいらっしゃるものに、「未支給年金」があります。
結論から申し上げますと、相続放棄をしても未支給年金をもらうことができます。
それは、遺族年金と同様の考え方により、未支給年金が、「相続財産」ではなく、遺族の「固有財産」に該当するとされるからです。
平成7年の最高裁判例では、下記のように述べられています。
—引用—-
【最判平成7年11月7日】
「国民年金法19条1項は、『年金給付の受給権者が死亡した場合において、その死亡した者に支給すべき年金給付でまだその者に支給しなかったものがあるときは、その者の配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹であって、その者の死亡の当時その者と生計を同じくしていたものは、自己の名で、その未支給の年金の支給を請求することができる。』と定め、同条5項は、『未支給の年金を受けるべき者の順位は、第一項に規定する順序による。』と定めている。右の規定は、相続とは別の立場から一定の遺族に対して未支給の年金給付の支給を認めたものであり、死亡した受給権者が有していた右年金給付に係る請求権が同条の規定を離れて別途相続の対象となるものでないことは明らかである。」
つまり、この判例は、年金法が、相続法とは別の立場からその受給権者および受給順位を定めていることから、未支給年金の請求権は相続の対象となるものではなく、遺族の固有財産であるということを明確にしているのです。
よって、遺族年金と同様、すでに相続放棄をした場合でも、また、これから相続放棄をしようとする場合にも、未支給年金を受け取ることができます。
5 相続放棄をして「もらえる財産」・「もらえない財産」
遺族年金や未支給年金以外にも相続放棄をする際にもらってよいか悩む財産があります。
実際に相続放棄をしてももらえる財産、もらえない財産の例を見ていきましょう。
5-1 相続放棄をしても、もらえる財産
相続放棄をしてももらえる財産の例は以下のとおりになります。これらの財産は故人の「相続財産」に含まれず、遺族の「固有財産」に当たるため、受け取ることができるとされています。
- 遺族年金(遺族基礎年金・遺族厚生年金)
- 寡婦年金
- 死亡一時金
- 未支給年金
- 死亡保険金
- 香典・ご霊前
- 国民健康保険・後期高齢者医療制度による葬祭費、健康保険組合からの埋葬料など
- 遺族に支給される死亡退職金(本人が亡くなった場合は遺族が受け取る旨の社内規定等がある場合)
- 故人が世帯主又は被保険者でない場合の高額医療費の還付金
- お墓や仏壇、位牌、家系図などの祭祀財産
5-2 相続放棄をすると、もらえない財産
次のような、もし故人が生きていれば本人のものとなるはずだった財産は、本人の死後は「相続財産」となり、相続放棄をするとこれらの財産はすべて受け取れなくなります。
また逆に、これらの相続財産を受け取った後に、相続放棄をすることは原則としてできません。
- 故人が所有していた現金・預貯金・不動産・動産・株式・債権など
- 故人が受取人になっている入院保険や傷病保険の保険金
- 故人に支給される死亡退職金
- 故人が世帯主・被保険者だった場合の高額医療費の還付金
- 税金や保険料の過払いによる還付金
- 未払いの給与
5-3 「相続財産」かどうかの見極めは専門家に相談する
相続放棄との関連で、これら遺族年金や未支給年金以外の様々なお金の受け取りの可否に悩んだ際には、自己判断での対応には常にリスクが伴います。
なぜなら、民法では「相続人が相続財産の全部または一部を処分したとき」は「相続人は、単純承認をしたものとみなす。」と定めています(民法第921条)。
これを「法定単純承認」と呼びます。
つまり、相続人がいったん相続財産に当たるものに手をつけたり消費したりしてしまうと、原則として相続放棄ができなくなってしまうということです。
したがって、それが「相続財産」に該当するものか否かの見極めが、非常に重要なポイントとなってまいります。相続放棄をご検討の場合には、司法書士などの相続に詳しい専門家に相談しながら諸々の手続きを進めていくことをお勧めいたします。
6 まとめ
最後までお読みいただきありがとうございます。
本日のまとめです。
・遺族年金は民法上の「相続財産」に該当しないために、相続放棄をした人も、また、これから相続放棄を行おうとしている人も、いずれも問題なく受け取ることができる
・未支給年金は民法上の「相続財産」に該当しないために、相続放棄をした人も、また、これから相続放棄を行おうとしている人も、いずれも問題なく受け取ることができる
・相続放棄をしても受け取ることができるかどうかは、「相続財産」に該当するかどうかで判断される。該当するかどうかは司法書士などの専門家に相談するのがお勧め
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