
先日父が亡くなりました。最期は病院に入院していたため、入院費を支払わなければなりません。しかし、父には借金があるため、相続放棄をする予定でいます。入院費を支払うことによって、相続放棄できなくなるということはありませんか。
お父様の財産から入院費を支払ってしまうと、相続放棄できなくなる可能性があります。
ご家族が入院先の病院で亡くなった場合、必ず発生するのが入院費の支払いです。最期にお世話になった病院に対して、入院費の支払いを拒否することは心情的に難しく支払ってしまう方が多いのが実情です。
しかし、安易に支払ってしまうと、相続放棄ができなくなる可能性がありますので注意が必要です。
本コラムでは、相続放棄をする予定がある場合、入院費の請求に対してどのように対処すれば良いのかをお伝えします。
目次
1 故人の財産から入院費を支払うのはNG
被相続人(亡くなった方)が生前にお世話になっていた病院から入院費の請求があると、遺族の方がすぐに支払ってしまうことが多いものです。しかし、相続放棄をお考えの場合は注意が必要です。
入院費のような被相続人の負債も借金などと同じように相続の対象となり、これを遺族が支払ってしまうと相続を「単純承認」したものとみなされる可能性があります(法定単純承認)。「単純承認」と認められると相続放棄ができなくなってしまいます。
1-1 相続の単純承認とは何か
相続の単純承認とは、被相続人の財産について、プラスの財産(預貯金や不動産などの資産価値があるもの)も、マイナスの財産(借金や未払い金など支払い義務があるもの)も含めて一切のものを相続することをいいます(民法第920条)。
相続人が遺産分割協議などの相続手続きにおいて「相続します」という意思を表示した場合だけでなく、下記で解説する一定の行為をした場合、またはしなかった場合に相続を単純承認したものとみなされることがあります。このことを「法定単純承認」といいます(民法第921条)。
1-2 単純承認に当たる行為
以下のいずれかの場合には法定単純承認に該当し、相続するつもりがなくても相続を単純承認したものとみなされることに注意が必要です。
①相続人が相続財産の全部または一部を処分したとき
例:預貯金の解約、不動産の売却、贈与など
②相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に相続放棄をしなかったとき(「熟慮期間」が経過したとき)
③相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、 相続財産の全部もしくは一部を隠匿し、私的に消費し、または悪意で相続財産の目録中に記載しなかったとき
注意が必要なのは、家庭裁判所で相続放棄が認められた後に①の行為をした場合も、法定単純承認に当たるということです。つまり、相続放棄の手続き「後」に被相続人の入院費を支払った場合でも相続を単純承認したものとみなされ、相続放棄が無効となってしまう可能性があります。
1-3 故人の財産から入院費を支払うと法定単純承認に当たる
入院費を支払う目的であっても、被相続人の現金や預貯金などの遺産を使って支払う行為は、法定単純承認に当たる可能性が非常に高いです。相続放棄をお考えの場合は、病院から入院費を請求されても遺産から支払うことは控えた方がよいでしょう。
そもそも、相続放棄をすれば被相続人の債務を一切相続しないので、入院費の支払い義務は負いません。
入院費の支払いは、財産を相続をした人(相続放棄をしなかった人)が行うか、または、誰も相続しない場合は家庭裁判所が選任する「相続財産管理人」が行うことになります。
2 相続人の財産から入院費を支払うのはOK
被相続人が生前お世話になった病院へ、どうしても入院費を支払っておきたいという場合は、「相続人自身」のお金で支払うようにしましょう。故人の財産で支払うのは避けた方が無難です。
被相続人の入院費の支払いが法定単純承認に該当するのは、「遺産」の全部または一部を処分することになる場合です。相続人の財産から支払う場合は遺産を処分することにならないので、法定単純承認に当たりません。
なお、相続債務を支払うという行為自体が相続財産の処分に当たるのではないかという疑問があるかもしれませんが、裁判例では、相続人の固有の財産から支払った場合には法定単純承認事由に当たらないとされています。相続人自身の保険を解約して相続債務を支払ったケースで、裁判所は相続人が固有財産の中から被相続人の残した債務を支払ったことを理由に、法定単純承認事由にあたらないと判断しました(福岡高等裁判所宮崎支部平成10年12月22日決定)。
3 相続放棄をしても入院費を支払わなければいけない場合
相続放棄をしても被相続人の入院費を支払わなければならないケースが2つあります。
もっとも、これらのケースは相続とは無関係にのこされた遺族が「自分の債務」として支払うものですので、支払うことによって相続放棄が無効となる心配はありません。
それでは、支払わなければならない2つのケースを確認していきましょう。
ケース1 保証人になっている場合
通常、入院する際には病院から「身元保証人」を求められます。身元保証人は、患者本人が入院費を支払えない場合に代わって支払うべき義務を負います。
相続放棄をすると死亡した被相続人の債務を引き継ぐことはありませんが、身元保証人としての支払い義務は相続放棄をしても無くなるわけではありません。なぜなら、身元保証人の支払い義務は身元保証人自身の固有の債務であって、被相続人の債務ではないからです。
したがって、被相続人が入院する際に身元保証人となっていた方は、ご自身の財産の中から被相続人の入院費を支払う必要があります。
ケース2 配偶者である場合
配偶者が亡くなった場合には、「日常家事債務」の連帯責任があるため、相続放棄をする・しないに関わらず被相続人の入院費を支払う義務があります。
民法第761条では、夫婦の一方が「日常の家事」に関して負担した債務については、その配偶者も連帯責任を負うものとされています。連帯責任とは、保証人となった場合と同様に「自分の債務」として支払い義務を負うということを意味します。
夫婦の日常生活に必要な費用については、どちらの名義で契約したかにかかわらず夫婦が連帯して2人で負担すると考えるのが一般的であると考えられていることから、このように法律で定められています。
日常家事債務とは、主に日用品や食料の購入、娯楽、子どもの教育、保健・医療に関する債務などが該当します。したがって、入院費についても一般的には日常家事債務に当たると考えられます。
ただし、個室料金や特別な保険外診療費などで、夫婦の収入・資産・社会的地位などに比して過大な料金については日常家事債務に該当しないと考えることもあります。
その場合でも、自分の財産から支払うのであれば相続放棄との関係で問題が生じることはありません。
ただ、相場よりも高額の入院費を請求された場合には、日常家事債務の範囲を超えるものとして支払いを拒否できる可能性もあります。支払いが厳しい場合には、司法書士などの専門家に相談して支払い義務の範囲を確認してみるとよいでしょう。
4 まとめ
最後までご覧いただき誠にありがとうございます。
本コラムが相続放棄をお考えの方のお役に立てば幸いです。
それでは、本コラムのまとめです。
・相続放棄をする予定がある場合は、被相続人の生前の入院費を遺産の中から支払ってはいけない(法定単純承認が成立し、相続放棄が認められなくなる可能性があるため)。
・どうしても支払う必要がある場合は、相続人自身のお金で支払えば問題はない。
・相続放棄をしても被相続人の入院費を支払わなければならない場合が2つある。
ケース1 保証人になっている場合
ケース2 配偶者である場合
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